正しい噛み合わせは食事や発音を通じて日常生活を支える重要な要素ですが、口腔の状況で変化するものです。
噛み合わせが急激に悪化した場合、むし歯や歯周病などの口腔の病気が進行している可能性もあります。
未治療の歯や入れ歯でも噛み合わせは変化してしまいます。悪い噛み合わせを放置すると顎関節症や歯周病の原因になりかねません。
この記事では噛み合わせが悪化する原因や治療法について解説します。
理想的な噛み合わせとは
理想的な噛み合わせは歯が規則正しく並び、顎が正しい位置にあって発音や咀嚼などの機能が問題ない状態です。厳密に考えるには歯の大きさや並び方、顎関節の位置などの解剖学的な要素のほかに咀嚼や嚥下などの機能面や外見、本人の感じ方など多くの要素を考慮に入れなければなりません。
見た目だけでなく噛む瞬間の顎の動きや歯の触れ方なども理想的な噛み合わせを考える要素に含まれます。見た目や機能が問題なくとも噛み合わせに違和感を抱くこともあります。
ただし、理想的な噛み合わせは個人の感じ方や団体の考え方にも依存するものです。完全に理想的ではなくとも、日常生活で噛み合わせが気にならないような状態であればよいとする考えもあります。
急に噛み合わせが悪くなる原因
急に噛み合わせが悪くなる原因としては、むし歯や歯周病などの口腔疾患のほかに日常の癖や未治療の歯の放置などが考えられます。これらの中には無自覚に進行してしまうものもあるので、一度確認してみてはいかがでしょうか。
むし歯や歯周病が進行している
むし歯は噛み合わせが悪くなる原因の一つです。痛む場所をよけるように噛む癖ができてしまい、顎の位置がずれてしまうことで噛み合わせが悪くなってしまいます。
歯周病も噛み合わせの悪化の要因です。歯周病によって歯の周りの組織が弱くなり、普通に噛むだけで歯が動いてしまうからです。
歯がグラグラするなどの初期症状を放置してしまうと歯周病が悪化し、自分の噛む力だけで歯周組織を傷つけるようになってしまうことで噛み合わせが急激に悪化することがあると知られています。
歯ぎしりや食いしばりなどの癖がある
歯ぎしりや食いしばりなどの癖がある場合、その力によって歯が削られると考えられています。場合によっては直接歯周組織が傷を負いかねません。
これらの癖がある方が歯周病を発症すると、急激に悪化することが知られています。ほかの歯が先に当たるようになる、対抗する歯に当たらなくなるなどの症状も歯ぎしりが原因の一つです。
歯ぎしりは眠っているときにも起きます。しかし、睡眠時の歯ぎしりは自覚の有無と実際の歯ぎしりとの関連性が低いとする報告もあるため、自身で症状に気付くことは難しいでしょう。
また、起きているときもストレスがかかると歯ぎしりが起きてしまうことが確認されています。日中の歯ぎしりは長時間にわたって行われるため、顎関節症を起こしやすいとされています。
歯の破損や摩耗がある
歯の破損や摩耗も噛み合わせが悪化する要因です。歯の根元が折れると歯が揺れるなどの症状が起きるほか、細菌が侵入して炎症を起こしてしまいかねません。
歯の破損は歯周病、むし歯に次ぐ第3位の抜歯原因です。抜歯後は被せ物などの歯科治療に移るため、噛み合わせがまた変化します。
歯が極端に摩耗した場合、下の前歯が見えなくなるほど深く噛めるようになることがあります。この状況が続くと前歯も摩耗してさらに噛み合わせが変化する、顎の位置がずれる、噛み合わせや咀嚼の違和感を覚えるなどの問題が起きかねません。
長期間、歯が抜けたまま放置している
歯が抜けたまま放置していると周辺の歯を支えることができず、なくなった歯の方向へほかの歯が傾いてしまいます。臼歯がなくなったままでは前歯に力が偏り正中がずれかねません。
さらに放置するとずれた状態でも噛めるように顎の動かし方を変えてしまうと考えられます。歯が抜けたまま放置をした方たちは歯周組織の悪化やむし歯数の増加が見られるとする報告もあります。
少数の歯のみが失われている場合には経過観察をするという考え方もありますが、その場合も経過観察が前提となっているため、まずは歯科医師に相談することが大切といえるでしょう。
歯科治療が原因で噛み合わせに違和感が出るケース
噛み合わせが変わってしまうのは病気や癖のみが原因ではありません。中には歯科治療が原因で噛み合わせに違和感が現れることもあります。噛み合わせの違和感の原因になりうる歯科治療を見ていきましょう。
詰め物や被せ物が合っていない
被せ物が合っていないと、食べ物が被せ物の隙間に入り込むことで噛み合わせに影響が出ると考えられます。また、口腔内でレジンを固めた場合、製作物と歯の間に隙間ができてしまうこともあります。
歯の詰め物や被せ物を作るときは口腔の模型を製作して噛み合わせを確認するため、実際の口腔と模型の形状や物性の差が噛み合わせの違和感につながるのです。また、噛み合わせの検査方法によっても精度が変わります。
入れ歯が合っていない
入れ歯があっていないことも噛み合わせの違和感の原因の一つです。舌に当たって気になる、物が飲み込みにくくなる、吐き気がするなどの症状のほかに場合によっては腫れて痛くなることもあります。
ただし、客観的に見て噛み合わせに異常がなくとも、入れ歯に慣れるためには時間が必要です。口腔中に物がある違和感は数ヶ月で徐々になくなっていきます。
入れ歯を入れた後は噛み合わせの調整を行います。総入れ歯の調整回数は平均4.4回とする報告もあるので、入れた直後に噛み合わせの違和感があることは少なくないといえるでしょう。
咬合調整がうまくできていない
咬合調整とは、噛んだときにあるところだけ早く歯が当たってしまうなどの噛み合わせの問題を解決するために歯を削ることをいいます。入れ歯などの人工物の噛み合わせを整えることも咬合調整です。
咬合調整がうまくできていないと一部に力が偏り、歯周組織が傷つく原因となるでしょう。インプラントをしている場合には支えているスクリューがゆるみやすくなる、自前の歯に負荷がかかりやすくなるなどの問題が起きやすくなります。
噛み合わせが悪くなった状態を放置するリスク
噛み合わせが悪い状態はお口や顎のみならず、全身に影響を与えると考えられています。特に顎関節症の原因になり、歯周病がある場合は悪化が早くなりやすいそうです。
口腔内環境が悪化し健康リスクが増加する
噛み合わせの悪さ自体が歯周病やむし歯の原因になるとする研究結果があります。歯並びが悪いことで歯磨きが難しくなって歯垢が残ることなどが原因でしょう。ただし、噛み合わせと口腔内の清掃状況に関係性は見られないとする研究結果もありました。
噛み合わせによってはそれ自体が歯肉炎の原因です。噛み合わせが悪いと歯周病の発症時に急激に悪化しやすいことがわかっています。噛み合わせの悪さで噛む力が偏ると、歯周病で弱った歯周組織が傷つくためです。
歯周病が噛み合わせに影響するので、噛み合わせが悪くても歯周病治療が終わってから噛み合わせの治療を行うことが基本です。元から噛み合わせが悪いと治療期間が延びてしまうでしょう。
顎関節症になる可能性がある
噛み合わせが悪いまま放置しておくと噛む力に偏りができ、顎の位置がずれて顎関節症になることがあります。噛み合わせの異常は神経を過剰に刺激して噛む筋肉を強く刺激し、顎関節症になりやすくするため注意が必要です。
見た目に影響が出る可能性がある
歯の並びや破損、摩耗などの異常がある場合には、外から見てわかるほどの口元の変化が現れます。入れ歯が合わずにつけなかった結果、咀嚼や見た目の問題で歯科医師にかかるケースもあるため、違和感があればすぐに歯科医師に相談することが大切です。また、噛み合わせの異常はお顔や全身の筋肉のバランスを崩すことが報告されています。
噛み合わせや歯の審美性が精神にも影響を与えると考えられているそうです。歯の見た目に問題があると感じている方はストレスをためている傾向がある、噛み合わせが悪いほど自身の噛み合わせを気にする傾向があるとした研究結果があります。
噛み合わせのセルフチェック方法
噛み合わせのセルフチェック方法として日本顎咬合学会が製作した咬合スコアがあります。6つの質問に対しほとんどない、少しある、あると回答して合計点数によって噛み合わせのリスクを評価する方法です。噛み合わせの違和感や顎の動き、歯並びや噛み方の癖、歯ぎしりについて聞かれます。
咬合スコアに関する研究では、歯科医院に受診した方の平均点は9点以上です。歯科診療を受けた結果、歯ぎしり以外の項目で改善が見られるため、セルフチェックとしての効果があるとされています。
悪い噛み合わせの治療方法
噛み合わせは歯科治療で治せることがあります。歯科治療法としては歯列矯正以外に歯を削る、人工物で歯を補う、マウスピースを使うなどの方法があって患者さんの状態や噛み合わせが悪い原因によって使い分けるそうです。
咬合調整や補綴
噛み合わせの治療方法として咬合調整が存在します。これは歯を削ることでほかの歯よりも早く当たってしまうなどの異常をなくし、歯や歯周組織にかかる力を分散するための治療法です。入れ歯や被せ物などを製作したときに装着してから噛み合わせを調整するために製作物を削る行為も咬合調整と呼ばれます。
咬合調整は歯周病があるときにも使われる治療法です。噛む力による外傷を併発している場合、歯周組織にかかる力を分散させる必要があるからです。歯周病は噛む力によって傷がつくと悪くなりやすいため、基本的な治療をしても歯の揺れや治らない場合などでは咬合調整を行います。
一方で咬合調整で自身の歯を削るともとに戻すことができないことや、調整が気になって舌で押してしまい噛み合わせが悪化しやすいなどのデメリットもあります。そのため、顎機能障害ではまず中止できる治療法から行うことが基本です。
補綴は被せ物や入れ歯を用いて噛み合わせを治す方法です。歯が欠けた場合や歯を失ってしまった場合などに用いられます。被せ物は人工の土台を作って歯の形をした人工物をはめ込む治療法です。
失った歯の周囲の歯を削り、失った部分と周囲の歯に一つの被せ物を被せるブリッジ治療も存在します。近年は土台となる歯の削る量を少なくした接着ブリッジも存在しますが、これまでのブリッジ治療と異なり接着力が弱いため、噛み合わせの問題がある場合は推奨されていません。
一方で、入れ歯は歯と歯周組織の形をした人工物を入れる治療法です。被せ物と異なり取り外しができること、周囲の歯で支えてもらうことなどが違います。
一方で、上顎か下顎のすべての歯がなくなった場合に用いる入れ歯は総入れ歯です。歯を失った場合の治療法には、ほかにインプラントも存在します。チタン製の人工物を顎の骨に固定することによって人工歯を安定させる方法です。
スプリント治療
スプリントは顎機能障害と睡眠中の歯ぎしりに対して行う治療です。マウスピースをつけることで歯や顎の負担を和らげ噛み合わせに関わる筋肉や神経のバランスを整えます。
基本的には夜間に使用します。スプリントがないと痛いなどの理由があれば日中に使用することもありますが、基本は避けるべきです。スプリント治療は歯を削る治療と異なり中断できるので、顎機能障害で噛み合わせが悪い場合は咬合調整などの治療を行う前に選択されます。
スプリント治療によって噛み合わせが変わることがあります。噛み合わせが変わったと感じた場合は歯科医師に相談することが大切です。痛みが生じる場合は使用を中断します。また、マウスピースは自身で着脱と清掃を行う必要があります。
歯列矯正
歯列矯正は歯並びの悪さが原因で噛み合わせが悪いときに用いられる治療です。顎の骨がゆがんでいる場合や歯が顎に対して多い場合、歯が適切に生えてきていない場合などに歯列矯正治療を行います。
また、ほかの治療中でも必要に応じて歯列矯正治療を行うことがあり、適用となる症例は顎機能障害などです。歯列矯正治療ではワイヤーなどで外部から歯に力を加えることで歯を理想の位置に動かします。
アライナー矯正という方法もあり、この治療法では外力を与える方法がワイヤーではなく透明なマウスピースです。噛み合わせの状態によっては抜歯などの侵襲的な治療も行われます。顎の骨自体がゆがんでいる場合は手術によって顎の骨を動かすこともある治療法です。
手術をする場合はあらかじめ歯列矯正治療を行い、術後に噛み合わせが合うように調整します。また、手術後にも噛み合わせを安定させるために歯列矯正を続けます。
歯列矯正治療は基本的に保険適用が効かず、経済的な負担が大きくなりやすい点には注意が必要です。また、長期間の治療が基本であり時間的な負担も大きくなりやすいそうです。
まとめ
噛み合わせは噛みやすさや話しやすさなどの機能的な側面に加え、外見や感覚などの多様な要素によって成り立っています。
急激に噛み合わせが悪化する要因にはむし歯や歯周病などの病気もありますが、歯ぎしりや食いしばりなどの日頃の癖も要因の一つです。なかには無自覚に進行するものもあります。
噛み合わせが悪いと見た目が悪くなるだけではありません。顎関節症になりやすくなり、歯周病の悪化を早めてしまうリスクも存在します。
悪くなった噛み合わせの治療方法は多くあるため、まずは歯科医師に相談してみてはいかがでしょうか。
参考文献
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- 治療下顎位の概念とその臨床
- 咬合違和感症候群の診療フローチャートの提案
- 咬合、かみ合わせ|公益社団法人 日本歯科医師会
- 広範性う蝕によって起った不正咬合の改善に関する一症例
- 下顎位を診るために顆頭位を知る
- 「歯周病患者に対する補綴歯科治療のありかた」に関する提案書
- 歯周病治療のガイドライン2022
- ブラキシズムの生理学的背景
- 非就寝時ブラキシズムの特性について
- 睡眠時ブラキシズムの基礎と最新の捉え方
- 垂直歯根破折の実態と接着治療の理論的背景
- 第2回永久歯の抜歯原因調査報告書
- 過蓋咬合に起因する咀嚼障害患者に固定性補綴装置による咬合再構成を図った1例
- 咬耗による咬合違和感を咬合再構成で改善した症例
- 歯の喪失と補綴治療に関する疫学的調査
- 臼歯部咬合支持の喪失に伴 う咬み しめ時の下顎頭変位
- コンポジットレジンインレーの特質
- 大臼歯クラウンの外側性適合を求めて
- 咬合印象法と通法から作 したクラウンの試適時での臨床調査
- 有床義歯補綴診療のガイドライン
- 全部床義歯患者の義歯調整回数 に関する研究
- 歯科補綴学第6版専門用語集
- 咬合調整に伴う接触面積の動態に関する研究
- 固定性インプラント補綴における咬合調整を考える
- 成人における不正咬合と口腔衛生状態,齲蝕,歯周疾患および体位との関係について
- 青年期における不正咬合指標と齲蝕ならびに歯周疾患との関連に関する研究
- 咬合異常の診療ガイドライン
- 矯正歯科治療について|公益財団法人 日本矯正歯科学会
- 臼歯部の咬合崩壊に対する補綴処置症例
- 顎口腔系の状態と全身状態との関連に関する研究
- 審美障害を主訴とする患者の心身医学 的側面について
- 歯列・咬合異常が高校生の心身の健康意識に及ぼす影響
- 咬合スコアに関する臨床疫学的縦断調査の分析結果と今後の課題
- 顎機能障害の診療ガイドライン
- 最近咬合調整法の法則
- 入れ歯|公益社団法人 日本歯科医師会
- し歯・冠|公益社団法人 日本歯科医師会
- インプラント|公益社団法人 日本歯科医師会
- 接着ブリッジのガイドライン
- 顎関節症に関するガイドライン|公益社団法人 日本補綴歯科学会
- 顎関節症・歯ぎしりに対する口腔内装置(スプリント)の指針
- ブラキシズムの診療ガイドライン 睡眠時ブラキシズムの治療(管理)について
- 歯の移動に伴う歯周組織変化
- カスタムメイドのアライナー型矯正装置(マウスピース型矯正装置)に対する本会の見解|公益社団法人 日本臨床矯正歯科医会
- 顎変形症診療ガイドライン
- 矯正歯科治療が保険診療の適用になる場合とは|公益財団法人 日本矯正歯科学会