歯列矯正を受ける目的として、噛み合わせを改善したいという方も多いと思います。歯列矯正は見た目を整えるイメージが強いかもしれませんが、しっかりとした噛み合わせを実現するためにもとても有用な治療です。 この記事では、治療が必要な噛み合わせや、歯列矯正も含めた噛み合わせを改善するための方法などについて解説します。
理想的な噛み合わせとは?
噛み合わせというと、上下の歯がぴったり同じであるような状態をイメージする方もいるかもしれませんが、正しい噛み合わせは上の歯が下の歯よりも少しだけ前に出ていて、閉じたときに2~3mm被さる状態です。 また、一番前の歯以外は上下の歯が対になるのではなく、互い違いに生えている状態となります。 この構造により、歯はしっかりと食事を噛むことができるようになっていて、強い力で食べものを咀嚼する機能が発揮されます。 具体的には、噛んだときに下記のような要素を満たす状態が、理想的な噛み合わせといわれます。
- 上の前歯と下の前歯の中心(正中)が合っている
- 上下の歯が左右対称である
- 歯列のアーチUの字型に整っている
- 歯と歯の間に余分な隙間がない
- 倒れている歯がない
- 噛んだときに下の前歯が上の前歯4本に強く当たらない
- 噛んだときに上の前歯が下の前歯に2~3㎜被る
- 下の犬歯(前から3番目の歯)が前から2番目と3番目の上の歯の間にある
- 前から6番目の下の歯が、前から6番目の上の歯より前にある
- 前から6番目の上の歯の尖っている部分が下顎の中心溝と噛みあっている
このほかにもさまざまな判断基準がありますが、上記のような条件を満たしている場合であれば、しっかりと食事を噛みやすく、違和感や痛みなく食事をしやすいといえます。 逆に、歯並びが一見整っているように見えても、上記のような条件が満たされていない場合は噛み合わせが悪く、歯に余計な負担がかかりやすい状態です。 なお、上記は噛み合わせの機能面における理想的な状態を判断するものであり、見た目の点では下記のような要素も重視されます。
- 顔の中心に前歯の中心がある
- 歯と歯茎の境目部分が均一な高さである
- 笑ったときに上の歯茎が見えすぎない
- お口を閉じたときにエステティックライン(Eライン)が整っている
こういった内容は、噛み合わせには大きな影響を与えませんが、口元の美しさを引き上げるための要素といえます。
噛み合わせが悪いことによるデメリットやリスク
噛み合わせが悪い状態は、さまざまなデメリットやリスクにつながる可能性があります。
むし歯や歯周病のリスク
噛み合わせが悪いと、歯磨きを隅々まで行いにくくなることから、プラークが蓄積されやすくなり、むし歯や歯周病のリスクが高まります。 また、噛んだときに歯の表面にあるエナメル質を傷つけてしまい、歯の保護が弱まることもむし歯を引き起こしやすくなる要因の一つです。 さらに、常に唇(口)があいてしまうような噛み合わせの場合はお口のなかが乾燥しやすくなるため、唾液による再石灰化の働きなどが低下してむし歯が促進される可能性もあります。
顎関節症のリスク
噛み合わせが悪いと、下顎がズレた位置で筋肉が働いて噛むようになるため、顎の関節にかかる負担が大きくなります。 これにより顎関節のバランスが崩れ、顎関節症につながるリスクがあります。
硬いものなどを食べにくい
噛み合わせは、しっかりとした咀嚼を行うための重要な要素です。噛み合わせが悪いと咀嚼の際に十分な力が発揮できず、硬いものや噛みにくいものを食べにくくなります。 場合によっては、これが偏食につながって食事の栄養バランスを低下させてしまったり、硬いものを避けて食事することで、顎の筋力低下につながったりする可能性があります。
全身への影響
噛み合わせが悪いと、咬筋や頭頸部の筋肉といった筋肉に余計な負担がかかり、筋肉が緊張した状態になります。この筋肉の緊張は顎周囲だけではなく、頭部全体に影響を与え、これが頭痛などの原因につながる可能性があります。 また、頭部の筋肉のバランスが崩れると、頭を支えている首や肩の筋肉にも影響し、肩こりなどの全身症状につながっていくことも考えられます。
歯に負担がかかりやすい
噛み合わせが悪いと、噛んだときにしっかりと使える歯と、適切に使えない歯が生じます。そのため、通常は複数の歯によって噛む際の負荷が分散されるのに対し、一部の歯にだけ強い負荷がかかるようになってしまいます。 歯に強い負担がかかると破折などを引き起こす要因となるほか、歯槽骨にも強く負担がかかるため、歯茎が下がってしまうなどの状態につながるリスクがあります。
見た目が気になる(精神面への影響)
歯並びの悪さにより噛み合わせが悪い状態は、口元の見た目にも影響します。 場合によっては、歯並びが気になってお口を開くことができないなど、コンプレックスにつながってしまう可能性もあるでしょう。
発音への影響
特に前歯に隙間があいてしまうといった噛み合わせの悪さは、会話時の発音にも影響します。空気が漏れるような音がしてしまうため、相手が言葉を聞き取りにくくなるなど、生活上のトラブルにつながる可能性が考えられます。
口臭の原因になる
噛み合わせが悪いと歯磨きをしにくくなるのと同時に、食事の咀嚼も不十分になりやすく、食べもののかすがお口のなかに残りやすくなります。 また、歯の間に食べものが挟まって取れないといった状態なども生じやすくなり、こうした食べ残しによって口腔内で細菌が増殖し、口臭へとつながる可能性があります。
歯列矯正などの治療が推奨される噛み合わせの状態
噛み合わせのトラブルには、さまざまな状態があります。 歯列矯正などの治療が必要といわれることが多いトラブルを紹介します。
叢生(そうせい)
叢生は、歯並びや噛み合わせのトラブルのなかでも特に多いもので、簡単にいえば歯がきれいに並ばず、乱れた状態で生えてしまう状態のことです。 乱杭歯(らんぐいば)やガチャ歯などとも呼ばれ、犬歯が外に飛び出している八重歯も叢生の一種です。 叢生は、永久歯が生えてくる段階で顎に十分なスペースがないために引き起こされるとされています。歯が生える十分なスペースができない理由は遺伝的に顎が小さい場合や、永久歯が大きい場合ほか、幼少期の食生活などで顎が適切に発育できなかったなどの後天的な影響による場合もあります。 歯並びが乱れているため歯磨きによるケアがしにくく、むし歯や歯周病といったトラブルにつながりやすいほか、不十分な咀嚼によって消化器に負担がかかるなどのリスクが考えられます。 また、見た目のコンプレックスにもつながりやすく、歯列矯正での改善を希望する方が多いトラブルであるといえます。
上顎前突(じょうがくぜんとつ)
上顎前突は、上の前歯が過度に前方に出ている噛み合わせで、いわゆる出っ歯と呼ばれる状態です。 噛み合わせは通常でも上の前歯が下の前歯よりも少し前方にくる状態ですが、歯を閉じたときに上の前歯と下の前歯の隙間が4㎜以上ある場合、上顎前突と診断されます。 前歯が前方に出ることでお口が常に空いた状態になってしまったり、お口を閉じるために余計な力が必要となり、顎に梅干しジワと呼ばれるシワが生じることがあります。 上顎前突の症状が強い場合、唇を閉じて発音するマ行やパ行が発音しにくくなることがあるほか、転んだときなどに前歯をぶつけ、口腔内を怪我したり歯を折ったりするリスクが高まります。 上顎前突は骨格に原因があるものと、歯並びに原因があるもの、または両方によるものがあり、特に骨格に関する部分は遺伝的な要因が強いといえます。 一方、歯並びが原因での上顎前突は、舌で歯を押したり、指をしゃぶったりする日常的な癖が原因になることもあり、幼少期から過ごし方を注意することが、上顎前突を予防する一つの手段です。 歯並びが原因の場合は、歯列矯正での改善が可能であるほか、幼少期に顎の骨を広げる形での歯列矯正を受けることで予防できる可能性もあります。
下顎前突(かがくぜんとつ)
下顎前突は、下の歯が上の歯よりも前に出てしまう状態で、反対咬合や受け口とも呼ばれます。 下顎前突も、骨格が原因の場合と歯並びが原因の場合があり、遺伝的な要素と日常生活での癖などによるものがあります。 癖が原因になる点では、上顎前突と同じように指しゃぶりや舌で歯を押す行為などが原因の一つです。 骨格が原因の場合は歯列矯正のみでの改善が難しいですが、子どもの内に顎の骨を広げる歯列矯正の治療を受けることで予防できる可能性があります。
空隙歯列(くうげきしれつ)
空隙歯列は歯と歯の間に隙間が空いてしまう状態で、一般的にすきっ歯などと呼ばれます。また、上の前歯の間に隙間がある場合は正中離開(せいちゅうりかい)とよばれます。 空隙歯列の要因は、先天的に歯が小さい場合や、逆に顎が大きい場合のほか、歯の本数が少ないため、その分隙間が空いてしまうケースなどさまざまです。 歯に隙間が空いていることで、そこに食べかすなどが残りやすくなってむし歯や歯周病のリスクが高まるほか、発音や見た目のコンプレックスなどのトラブルにつながります。 空隙歯列は歯列矯正で改善が可能ですが、単純に隙間を埋めるだけでは適切な噛み合わせにつながらない場合もあるため、噛み合わせもきちんと意識した治療が重要です。
開咬(かいこう)
開咬は、奥歯で噛んだ際に前歯がかみ合わず、前歯で食べものを咬み切ることができない状態です。 前歯での咀嚼ができないため奥歯に負担がかかりやすくなり、奥歯のトラブルが生じやすくなるほか、顎関節症のリスクも高まります。 また、お口が開いた状態になりやすく、口腔内が乾燥してむし歯などのリスクも高まります。 開咬はおしゃぶりや指しゃぶりの癖、歯を内側から舌で押してしまう癖などによる影響が強く、こうした原因による歯並びの悪さから開咬になっている場合は歯列矯正で改善可能です。 ただし、症状が悪く骨格面でのトラブルになってしまっている場合は、外科手術が必要な可能性もあります。
過蓋咬合(かがいこうごう)
奥歯で噛んだとき、上の歯で下の歯の大半が隠れてしまうような状態を過蓋咬合、またはディープバイトと呼びます。 奥歯の負担が強くなったり、下の前歯が上の前歯に当たってダメージになったりといったことから、歯の状態を悪くしやすい噛み合わせです。 顎関節や上下の顎の発育バランスの異常などのほか、歯ぎしりなどで奥歯がすり減ってしまうことなどで生じることもあります。 歯列矯正で適切な噛み合わせを回復させることや、歯ぎしりなどをケアすることで改善が期待できます。
交叉咬合(こうさこうごう)
正常な噛み合わせは、上の歯が下の歯より外側に被さるような状態ですが、歯の一部が、これと逆になり、下の歯が上の歯よりも外側に出てしまう状態が交叉咬合です。 一般的には、前歯が正常なのに、奥歯で上の歯が下の歯よりも内側に入ってしまう状態を指します。 噛み合わせで顎への負担がかかりやすいことから顎関節症のリスクが高まるほか、顎がずれて成長し、顔が歪んでしまうなどのリスクがあります。 交叉咬合は遺伝的な要素のほか、永久歯が生えるときの位置が悪かったことや、頬杖などの癖が原因とされます。 歯列矯正で改善できる場合と、骨格の手術が必要な場合があります。
顎変形症
顎変形症は、上下の顎の骨のバランスが合わない状態です。上記で紹介したトラブルでも、骨格部分に原因があるというものはこの顎変形症によるものといえます。 骨格のトラブルは歯列矯正で改善できないため、顎変形症の場合は基本的に手術などでの治療が必要です。 骨格は先天的な要因のほか、日常生活での負担などによっても変わるため、予防するためには正常な成長を促すような生活習慣を送ることが大切です。 成長期であれば、顎の成長を補助するような歯列矯正方法もあるため、遺伝的に何らかのトラブルが生じる可能性が考えられる場合は、早めに歯科医院で相談してみるとよいでしょう。
噛み合わせの改善方法
噛み合わせを改善する方法には下記のようなものがあります。
歯列矯正
噛み合わせを改善する方法の一つが歯列矯正です。 歯列矯正にはさまざまな方法がありますが、代表的なものが歯にブラケットという装置を取り付け、そこにワイヤーを通して行う方法と、透明なマウスピース型矯正装置を使うものです。 ワイヤー型矯正装置とマウスピース型矯正装置のどちらでも噛み合わせ改善が可能ですが、症例によってはマウスピース型矯正装置では対応が難しい場合もあります。 また、歯列矯正はあくまでも歯並びを改善するものであるため、骨格部分に噛み合わせの原因がある場合は、歯列矯正だけでは十分な治療効果が得られない可能性もあります。
噛み合わせの原因となる癖の改善
舌で歯を押す癖や食いしばり、無意識に歯を接触させてしまうTCHなど、噛み合わせを悪化させる癖を改善させることで、噛み合わせの悪化を予防し、少しずつ改善していける場合があります。 どのような癖が原因になっているのか、歯科医院で検査を受けて、ケアのためのアドバイスを受けるとよいでしょう。
補綴治療
軽度の叢生や空隙歯列などは、セラミックの歯などによる補綴治療やラミネートベニアでの改善も可能です。 ただし、噛み合わせの根本的な原因を解消できるものではないため、適応は歯科医院で詳しく検査を受ける必要があります。
外科手術を伴う治療
骨格に原因がある噛み合わせのトラブルも、外科手術による治療で改善が可能です。 具体的には、顎の骨を切って正常な状態に整えることで、噛み合わせを改善します。 日常生活に強い影響を与えてしまうような顎変形症の場合、保険適用での治療が可能な場合もあります。
まとめ
噛み合わせの問題は、見た目のコンプレックスだけではなく、むし歯や顎関節症を引き起こしやすくなるなどさまざまなリスクにつながります。 噛み合わせのトラブルにはさまざまな種類があり、歯並びや骨格が原因で引き起こされますが、歯並びの問題による影響が強い場合は歯列矯正で改善が可能です。 噛み合わせにお悩みがある方は、まずは一度歯科医院で検査をうけ、その原因や適切な治療法を相談してみてはいかがでしょうか。
参考文献