歯並びを整えたいと考えて歯列矯正を検討する際に、ご自身の歯の本数が足りないことに悩んでいる方もいるのではないでしょうか。
成人の口の中には、親知らずを除き、上下合わせて28本の永久歯が生えています。しかし、なかには28本より本数が少ない方もいます。
「歯が足りないけれど、歯列矯正は受けられるのだろうか?」という疑問や不安を持っているかもしれません。
歯が足りない状態は、見た目や噛み合わせへの影響も懸念されます。
この記事では歯が足りない原因や歯列矯正の可否、治療の特徴やメリットとデメリットについて詳しく解説します。
歯が足りない原因
歯が足りない状態になってしまうのはなぜでしょうか。歯の本数が少ない原因は、実は一つではありません。
主に生まれつき歯が少ない先天性欠損歯と、むし歯や歯周病、外傷などで後から歯を失う後天性欠損歯の2つに分けられます。
なお、欠損歯は、本来生えるべき場所に歯がない状態です。つまり歯が足りないことを欠損歯と呼んでいます。
ここでは、歯が足りない原因である先天性欠損歯と後天性欠損歯について、それぞれ詳しく説明します。
先天性欠損歯
先天性欠損歯とは、生まれつき永久歯の一部が生えてこない状態を指します。顎の骨の中に歯の元となる歯胚が形成されないことが原因です。
すべての方が同じ本数の歯を持っているわけではなく、日本人では約10人に1人の割合で永久歯の先天性欠損がみられるという調査報告もあります。
欠損する歯の種類や本数は人によって異なりますが、特に下の第二小臼歯や側切歯に多く見られる傾向があります。
また、なかには乳歯が抜けずに残っているケースもありますが、見た目では歯の本数が足りていることから、気づかない方も少なくないのが実情です。
そのため、歯科医院で指摘され、レントゲン撮影をして初めて知る方もいます。
先天性欠損歯は、遺伝的な要因などが関与すると考えられていますが、はっきりとした原因はまだ解明されていません。
後天性欠損歯
後天性欠損歯は、生まれたときには歯胚があったものの、何らかの原因で永久歯を失ってしまった状態です。主な原因としては、以下のようなものが挙げられます。
- むし歯: 重度のむし歯により歯の保存が不可能となり抜歯に至るケース
- 歯周病: 歯を支える歯茎や骨が破壊され歯が抜け落ちてしまうケース
- 外傷: 事故や転倒などにより歯が折れたり抜けたりしてしまうケース
- 歯列矯正のための抜歯: 歯を並べるスペースを作るために便宜的に健康な歯を抜歯するケース
これらの原因によって歯を失い、歯が足りない状態になることがあります。
歯が足りない場合でも歯列矯正はできる?
歯が足りない状況でも、歯列矯正治療を受けることは多くの場合可能です。
むしろ、歯が足りないことによって生じている歯並びや噛み合わせの問題を、歯列矯正によって改善できるケースも少なくありません。ただし、治療計画は個々の状況によって大きく異なります。
欠損している歯の本数や位置、周囲の歯の状態や顎の骨の状態などを精密に検査し、歯科医師が総合的に判断する必要があります。
治療期間
歯が足りない場合の歯列矯正の治療期間は、通常の歯列矯正と比較して一概に長くなる、あるいは短くなるとはいえません。
治療計画によって大きく変動するものです。
例えば欠損したスペースを利用してほかの歯を移動させ歯並び全体を整える場合は、通常の抜歯矯正と同様か、それ以上の期間が必要となるでしょう。
一方で、将来ブリッジ等の補綴治療を行う前提でスペース確保や歯の傾きを整える準備目的の矯正であれば、短期間で済む場合もあります。
いずれにしても治療開始前に歯科医師とよく相談し、治療期間の目安を確認することが大切です。
保険適用となるケース
歯列矯正治療は、基本的に自由診療となります。しかし、一部の特定の条件下では保険適用となる場合があります。
歯が足りないケースに関連して保険適用となる可能性があるのは、6歯以上の先天性部分無歯症の場合など、国が定める特定の疾患に起因する不正咬合です。
これらの診断を受け、特定の基準を満たす医療機関で治療を受ける場合に限り、歯列矯正治療に健康保険が適用される可能性があります。
ご自身の状況が保険適用に該当するかどうかは自己判断せず、医療機関で相談し、正確な情報を確認するようにしましょう。
歯が足りない場合の歯列矯正治療の特徴
歯が足りない状態での歯列矯正は、一般的なケースとは異なる配慮や計画が必要となる場合があります。ここでは、その主な特徴を解説します。
高度な治療技術が必要
欠損歯の場合の歯列矯正は、一般的なケースよりも計画や技術において複雑さが増すことがあります。
例えば、歯が足りないことで歯を動かす際の支点が不足しやすく、計画どおりに歯を移動させるのが難しくなる場合があります。
必要に応じてアンカースクリューと呼ばれる小さなネジを歯茎の骨に埋め込み、固定源として利用するのも一つの手です。
また、スペースを閉じるか維持するかの治療方針決定や左右バランス、傾斜歯修正といった多くの要素を考慮するため高度な診断能力が不可欠です。
そのため、担当する歯科医師には歯列矯正に関する深い知識と経験に加えて、3次元的な歯の移動を精密にコントロールする技術が求められます。
歯科用CT画像やシミュレーションソフトなども活用して、最終的な歯並びや噛み合わせを正確に予測し、そのうえで緻密な治療計画を立案・実行する必要があります。
歯の補綴治療と併用するケースが多い
歯列矯正と補綴治療を組み合わせることが多くなるのは、 いくつかの理由があります。
欠損スペースが大きい、骨の状態等でスペース閉鎖が困難な場合や、 全体の噛み合わせ上スペース維持が望ましいと判断される場合です。
具体的には、歯列矯正によって最終的に入れる補綴物(インプラント・ブリッジ・部分入れ歯など)に適切なスペースを確保することが第一段階です。
同時に、隣接する歯が傾いている場合は適切な角度に起こしたり、噛み合う歯が伸び出している場合は調整したりすることも目的となる場合があります。
歯列矯正治療によって理想的なスペースと周囲の歯の状態が整った後、インプラントやブリッジなどの補綴物を装着し、最終的な歯並びと噛み合わせの完成を目指します。
このように複数の分野の歯科医師が連携することで、機能と審美の両面で、より質の高い治療結果を目指すことが可能です。
歯列矯正で欠損歯を治療するメリット
歯が足りないスペースに対し、歯列矯正で対応することを選ぶ場合、いくつかの特徴的なメリットが考えられます。
例えば、外科的な処置を避けられる可能性や、ご自身の歯だけで自然な歯並び・噛み合わせを目指せる点などです。
ここでは、歯列矯正で欠損歯に対応する主なメリットを解説します。
手術の必要がない
歯が足りないスペースを補う代表的な方法の一つにインプラント治療がありますが、これには顎の骨にインプラント体(人工歯根)を埋め込むための外科手術が必要不可欠です。
手術後には骨とインプラントが結合するための治癒期間も要します。
一方、歯列矯正によって隣の歯などを動かして欠損スペースを閉じることができる場合、インプラントのような外科手術は基本的に不要です。
手術に対する心理的な抵抗感がある方や持病などで外科処置のリスクを避けたい方、身体的な負担をなるべく減らしたい方にとって、歯列矯正によるアプローチは大きなメリットと感じられるでしょう。
ただしスペース閉鎖がすべてのケースで可能とは限らず、欠損部位や骨の状態、残っている歯の状態などを精密に検査したうえでの判断が必要です。
自歯だけで歯並びや噛み合わせを改善できる
歯列矯正で欠損スペースを閉鎖する大きなメリットは、インプラントやブリッジといった人工物を用いずに、ご自身の天然の歯だけで歯列を完成させられる点です。
これにより、見た目や噛み心地の自然さを保ちやすいと考えられます。
また、ブリッジ治療のようにスペースの両隣にある健康な歯を削る必要がないため、ご自身の歯をできる限り温存することにもつながります。
さらに適切に歯を移動させてスペースを閉じ、正しい噛み合わせを獲得できれば、歯にかかる力のバランスが改善されます。
歯周組織の長期的な健康維持にも寄与する可能性がある点も、メリットのひとつです。
人工物の劣化や再治療のリスクを考慮すると、自歯で対応できることは長期的なメリットとなりうるでしょう。
歯が足りない状態を放置するデメリット
「歯が1本足りないくらい問題ない」と軽く考えて放置してしまう方もいるかもしれません。
欠損した歯が奥歯だと目立たないため、治療を先延ばしにする方もいます。
しかし、歯が足りない状態をそのままにしておくと、お口の中のバランスが徐々に崩れて将来的にさまざまな問題を引き起こす可能性があります。
放置する主なデメリットを理解し、早めの対応を検討することが大切です。
治療期間が長くなる傾向がある
歯が抜けたスペースを長期間放置すると、空いたスペースに向かって隣の歯が傾斜したり、噛み合う相手の歯が伸び出してきたりすることが少なくありません。
このようなことが一度起きてしまうと、将来的に歯列矯正や補綴治療を行おうとした際に、治療計画の複雑化は避けられないでしょう。
例えば、傾いた歯を元の角度に起こす処置や、伸び出した歯を元の位置に戻す処置も必要となりがちです。
これらの処置には特別な装置や技術が必要となることもあり、結果として歯列矯正全体の期間が当初の想定よりも長くなってしまう可能性が高まります。
早期に対応すれば、よりシンプルな治療計画で済むことも少なくありません。
歯並びの悪化
抜けた歯のスペースには隣接する歯が倒れこんだり、回転したり、新たな隙間が生じたりします。
これにより全体の歯並びの連続性が失われ、徐々に不正咬合が悪化していきます。
見た目の問題はもちろんのこと、歯が重なったり傾いたりした部分は歯ブラシが届きにくくなり、プラークが溜まりやすい状態となるでしょう。
咀嚼不良
歯は、上下の歯が適切に噛み合うことで食べ物を効率的に噛み砕き、消化を助ける重要な役割を担うものです。
歯が1本でも足りないと、噛み合う歯がなくなり、噛み合わせのバランスが崩れます。
食べ物を十分にすり潰したり噛み切ったりするのが難しくなり、咀嚼効率が低下しやすくなるでしょう。
咀嚼が不十分だと、唾液の分泌が減ったり、食べ物の栄養吸収効率が悪くなったりする可能性も否定できません。
また、硬いものや繊維質の多いものを避けるようになり、食生活が偏る原因にもなりかねません。
さらに無意識に噛みやすい片側ばかりで噛む癖がつきやすく、これが顎関節への過度な負担や、お顔の筋肉バランスの崩れにつながることも指摘されています。
場合によっては、発音(特に前歯の欠損の場合)に影響が出ることもあります。
ほかの歯を失うリスクが高くなる
歯が足りない状態では、本来すべての歯で分散されるべき噛む力が、残っている歯に集中しがちです。
これにより、特定の歯には過剰な負担がかかるでしょう。歯がすり減ったり、欠けたり、ひびが入ったりするリスクも高まる傾向にあります。
また、隣の歯が傾斜することで生まれる清掃しにくい部位にはプラークが蓄積しやすく、歯周病が進行しやすくなるでしょう。
歯周病が進行すると歯を支える骨が溶け、最終的には歯がぐらついて抜けてしまうことも少なくありません。
さらに噛み合わせのバランスが崩れることで、ほかの健康な歯に予期せぬ力がかかり、その歯の寿命を縮めてしまう可能性も否定できません。
結果として、ドミノ倒しのように次々とほかの歯まで失ってしまうリスクが高まることが懸念されます。
まとめ
この記事では歯が足りない原因からその状態での歯列矯正の可能性、治療の特徴やメリット、そして放置するデメリットについて解説しました。
歯が足りない原因には先天的なものと後天的なものがありますが、多くの場合、歯列矯正による治療が可能です。
ただし、治療には高度な技術が求められたり、インプラントなどの補綴治療との連携が必要になったりすることもあります。
一方で、歯列矯正によって手術をせずに自歯だけで歯並びや噛み合わせを改善できるメリットもあります。
欠損歯を放置すると、歯並びの悪化や咀嚼不良、さらにはほかの歯を失うリスクも高まるため、早めに対応を検討することが大切です。
歯が足りない状況での歯列矯正は、個々の状態に合わせた精密な診断と治療計画が不可欠です。
ご自身の歯並びや欠損歯についてお悩みの方は、まずは歯科医師に相談して適切な検査を受けたうえで、ぴったりな治療法について話し合ってみることをおすすめします。
参考文献
- 日本人小児の永久歯先天性欠如に関する疫学調査
- -補綴歯科診療ガイドライン-歯の欠損の補綴歯科診療ガイドライン 2008
- 矯正歯科治療について|公益社団法人日本矯正歯科学会
- お口のなんでも相談「歯を失ってしまったら?」|公益社団法人 日本歯科医師会
- 矯正歯科治療が保険診療の適用になる場合とは|公益社団法人日本矯正歯科学会
- 保険診療の理解のために【歯科】(平成30年度)
- 歯科矯正用アンカースクリューガイドライン 第二版
- 先天性欠如歯と矮小歯を有する患者に補綴治療を伴った矯正治療を行い機能・審美回復を図った症例
- 口腔インプラント治療指針2024
- 上顎右側側切歯の先天性欠如を伴う骨格性 上顎前突症例の矯正歯科治療例
- 前歯部反対咬合に対し矯正治療と中間欠損部へのインプラントにより咬合再構成を行った一症例
- 上顎前歯部固定性ブリッジからインプラント修復への移行症例
- 歯周治療のガイドライン2022
- 歯科診療報酬点数表
- 矯正歯科治療における標準治療の指針
- 入れ歯|日本歯科医師会
- 咬合、かみ合わせ|日本歯科医師会
- 歯の喪失ならびに口腔機能低下が高齢者の健康状態に及ぼす影響
- 歯の異常による構音障害
- 咀嚼時の唾液分泌量の増加が嚥下誘発に及ぼす影響
- 歯周病病態における咬合性外傷の再考
- Nihon Shishubyo Gakkai Kaishi (Journal of the Japanese Society of Periodontology)