最近では、噛み合わせの悪さが全身に様々な影響を与えることが分かってきました。
むし歯や歯周病など口腔内に起こる問題だけではなく、つらい肩こりや頭痛・腰痛も噛み合わせが原因で起こることがあります。
噛み合わせの治療として歯の矯正を考えるとき、選択肢の1つがマウスピース型矯正です。
透明で装着しても目立たないので、矯正中でも見た目を気にする人に人気です。
この記事ではマウスピース型矯正でどのような噛み合わせの治療が可能なのか、メリットや注意点についても解説します。
そもそも正しい噛み合わせとは?
噛み合わせとは、上下の歯の接触関係を意味します。歯並びがよいと噛み合わせもよいとは限りません。
噛み合わせには歯以外にも顎・骨・筋肉が関係しており、これらがバランスよく機能している状態が正しい噛み合わせといえるでしょう。
例えば以下のような噛み合わせの種類があります。
- U字型の歯列:口を開けると見える上顎や下顎の歯並びのアーチを、歯列弓と呼びます。歯列弓が左右対称でU字状のカーブになっているのが理想です。歯の飛び出し・倒れがあると、噛み合わせが悪くなります。
- 正中線が顔の中心にある:上下の歯の真ん中を通る線(正中線)が上と下でずれがなく、一直線になっていることや正中線が顔の真ん中を通っているのが理想です。
- 前歯の噛み合わせ:上下の歯を噛み合わせたときに、下の前歯に上の前歯が2ミリ程度被さるのが正常です。
- 1歯対2歯咬合:奥歯を噛み合わせたときに、上の歯1本に対して下の歯2本がジグザグ状に噛み合っているのが正しい嚙み合わせです。ぴたりと隙間なく組み合わさっているのがポイントになります。この状態を1歯対2歯咬合と呼びます。
- 犬歯誘導:ほとんどの場合、歯を噛み合わせると全ての歯が噛み合っているのが自然です。そこから歯ぎしりのように横方向に動かしてみると、犬歯(糸切り歯)だけが接触して他の歯は離れているのが犬歯誘導といい、正しい噛み合わせの1つです。犬歯は他の歯よりも頑丈で長く、横方向に力がかかる場合では犬歯のみが噛み合うことで奥歯を守る役割があります。
噛み合わせが悪いとどんな影響がある?
噛み合わせというと歯の問題と考えがちですが、全身に繋がっているので噛み合わせの悪さが体全体の骨・筋肉に影響を与える場合があります。
原因が分からない体の不調がある人は、噛み合わせを改善すると治まることもあるでしょう。
- うまく噛めない:歯にはそれぞれの役割があります。前歯で食べ物を噛み切り、奥歯ですり潰します。噛み合わせが悪いと歯同士がきちんと当たらず、うまく咀嚼することができません。噛み砕けないまま食べ物を飲み込むことで、消化器官に負担をかけて消化不良や胸やけを起こしやすくなります。
- むし歯や歯周病になりやすい:歯と歯がうまく噛み合わさず接触しない部分があると、そこに食べかすが残りやすくなります。歯磨きがしづらく、歯垢が残りやすいのも理由の1つです。歯ブラシが届かない場所は、むし歯になる可能性が高いです。また噛み合わせの悪さが原因で、口が閉じづらい場合があります。唾液にはむし歯を防ぐ役割があり、口呼吸で唾液が乾きやすいとむし歯ができやすくなります。歯周病になりやすいのも、歯垢が残って歯周病菌が増えるのが原因です。
- 咬合性外傷:噛み合わせの悪さによって歯や歯周組織に損傷を与えることを咬合性外傷と呼びます。一部の歯に強い力がかかって、歯と歯膜根(歯の根っこと歯槽骨を結び付けている組織)がダメージを負った状態が一次性咬合性外傷です。歯周病が進行して歯周炎を起こすと、歯槽骨が減少して通常なら問題ないほどの力でも歯が動いたり痛んだりします。この状態が二次性咬合性外傷です。この2つには健康な歯に起こるのと、歯周病の歯に起こるという違いがあります。
- その他:噛み合わせによって見た目に起こる問題は、顔のゆがみやエラ張りです。片側だけで噛んでいると筋肉の使い方に差ができて、顎のずれや顔のゆがみの原因になります。うまく噛み合わないことで噛むときに力が入りすぎ、咬筋が発達してエラが張ることがあります。咀嚼筋の緊張によって、肩こりや頭痛に悩まされる人も多いでしょう。顎関節症の原因は噛み合わせの悪さだけではありませんが、リスク要因の1つです。顎関節症を発症すると、口が開きづらい・口の開閉で音が鳴る・顎の痛みなどの症状が表れます。その他にも口呼吸による鼻炎・体のゆがみ・発音や滑舌に問題が出るなど、全身に様々な影響を与えます。
マウスピース型で矯正できる噛み合わせの症状
マウスピース型矯正は歯並びを改善する歯科矯正治療の1つで、アメリカのアライン・テクノロジーのインビザラインが有名です。
それぞれの治療計画を基に作成されたカスタムメイドのマウスピース型を使用します。
マウスピース型を2週間ごとに交換することで、徐々に歯を動かしていきます。透明のマウスピース型なので、装置が目立たないのが特徴です。
見た目の問題で歯科矯正治療を諦めていた人には嬉しい治療法といえるでしょう。
しかし、この矯正治療には向き不向きがあり、中には対応が難しい症例も存在します。注意点として、インビザラインは未承認医薬品等であるため医薬品副作用被害救済制度の対象とはならない可能性があります。
マウスピース型矯正で対応可能な噛み合わせを下記で解説します。
叢生(そうせい)
歯が凸凹に重なり合っていることを叢生と呼びます。「乱ぐい歯」と呼ばれることが多く、八重歯も叢生の一種です。
歯の大きさと顎の大きさが合わないことが原因で起こります。
歯が大きすぎる場合と顎の骨が小さすぎる場合があり、スペースが足りず歯がバラバラになったり重なり合ったりして噛み合わせが悪くなります。
上顎前突(じょうがくぜんとつ)
上顎前突は、上顎や上の歯が前に突き出ている「出っ歯」の状態です。
歯だけが出ている場合と、上顎が前に出ていたり下顎が小さすぎたりする場合に分けられます。
原因は遺伝・子どもの頃の指しゃぶりなどの癖によるもの・口呼吸によるものなどが考えられます。
下顎前突(かがくぜんとつ)
上の前歯よりも下の前歯が前に出ている噛み合わせです。一般に「受け口」「しゃくれ」と呼ばれています。
上顎前突と同じように、歯だけが出る場合と下顎が出すぎている場合があります。
考えられる主な原因は親からの遺伝によるもので、他には指をしゃぶるなど本人の癖によるもの、上の前歯が内側に生えたり下の前歯が外側に生えたりする前歯の角度によるものです。
開咬(かいこう)
奥歯を噛み合わせたとき、上下の前歯が合わずに隙間ができる状態が開咬です。指をしゃぶる・食べるときや話すときに舌を突き出すといった癖が主な原因と考えられます。
過蓋咬合(かがいこうごう)
下の前歯に上の前歯が2ミリ程度被さるのが正しい噛み合わせですが、下の前歯が見えないほど噛み合わせが深すぎるのが過蓋咬合です。
上下の顎の大きさなど骨格の遺伝・指しゃぶりや頬杖などの癖・歯ぎしり・奥歯のむし歯や抜歯で噛み合わせの深さがかわったなど、様々な原因が考えられます。
空隙歯列(くうげきしれつ)
歯と歯の間に隙間がある状態を指し、よく「すきっ歯」と呼ばれます。歯の数が通常より少ないこと・歯が小さいこと・舌を突き出す癖・歯周病による歯槽骨の減少などが原因です。
マウスピース型で噛み合わせを矯正するメリット
マウスピース型矯正の1番のメリットは、装置が透明で目立たないことです。これが矯正治療にためらいがあった人にも選ばれる理由でしょう。メリットについて下記で解説します。
矯正装置が目立たず他人に気付かれにくい
歯の矯正治療というと、歯の表側に装着するワイヤー矯正を想像する人が多いでしょう。マウスピース型矯正では薄く透明なマウスピース型を自分の歯に被せるので、目立たないのが大きなメリットです。
装着していても人から気付かれにくいため、装置が目立つのが嫌で矯正をためらっていた人に適しているでしょう。接客業など人と接することが多い方にもおすすめです。
注意点として、治療の途中で歯やマウスピース型にゴムをかける場合があります。歯の移動を助けたり噛み合わせをよくしたりするために使用しますが、マウスピース型だけのときよりは目立つことが多いです。
自分で取り外しができる
マウスピース型は自分で自由に取り外しできるので、歯のお手入れがしやすいこともメリットの1つです。
ワイヤー矯正では自分で装置を外せないため、歯磨きしにくく歯垢が残りやすくなります。マウスピース型ではその心配がなく、矯正前と同じように歯磨きすることができます。食事の際もマウスピース型を外すので、食べ物の制限がありません。
痛みや違和感が少ない
マウスピース型は薄くて柔らかいので、口の中での違和感が少ないです。歯にぴったりと密着するので最初は多少の違和感がありますが、1週間程度で慣れることが多いです。
徐々に歯を動かすため矯正治療の中でも痛みが少ないのが特徴で、口の中の粘膜に装置が当たって口内炎ができることも少ないでしょう。
もし我慢できないほどの痛みや違和感が続く場合は、歯科医師に相談してください。
金属アレルギーの心配がない
マウスピース型はプラスチックでできていて、金属は使われていません。金属アレルギーでワイヤー矯正を諦めていた人でも安心して使用できます。
しかし、マウスピース型矯正ではゴムかけを行う際にゴムを引っ掛けるボタン(リンガルボタン)を使用します。リンガルボタンは歯の表面に接着しますが、中には金属製のものがあり注意が必要です。
金属アレルギーがある人は、治療を始める前に歯科医師に申し出てください。
マウスピース型で噛み合わせを矯正する際の注意点
審美性の高さなどのメリットも多いマウスピース型矯正ですが、注意すべきなのは全ての症状に適応していないことです。
不向きな症例で矯正を始めると治療期間が長引くことがあるので、治療を始める前に歯科医師に相談してください。
症状によっては対応できない場合がある
マウスピース型矯正では、歯を大きく移動する症例は向いていません。
例えば重度の叢生の場合、口の中のスペースが足りずに抜歯を行うことがあります。そうなると歯を横方向に大きく動かす必要があり、治療に長い時間が必要です。
また歯が斜めに倒れこみやすいので噛み合わせが悪くなることがあります。他にも歯のねじれ・奥歯を上に引っ張り出す動きなど、マウスピース型矯正では治療が難しいことが多いです。
さらに骨格に問題がある場合、外科治療も必要なケースがあります。この場合もマウスピース型のみでの治療は難しいでしょう。
適切なマウスピース型を使用しないと噛み合わせが悪化する可能性がある
マウスピース型矯正では、治療を始める前に全てのマウスピース型を作成します。そのため治療中に問題が起きても微調整することができません。
シミュレーション通りに歯が動かなかったり途中でむし歯の治療を行ったりすると、少しずつずれが生じます。
またマウスピース型は1日20時間以上装着する必要がありますが、装着時間が短いと歯が予定通り動かずにマウスピース型が合わなくなります。そうなると治療計画を修正してマウスピース型を作り直す必要があります。
マウスピース型矯正のトータル費用は、全体矯正の場合50〜100万円(税込)程度かかることが多いため、慎重に選びましょう。
奥歯が嚙み合わなくなる可能性がある
マウスピース型には上下で約1ミリの厚みがあり、長時間マウスピース型を装着している間に厚みの分だけ奥歯が強く下に押されます。
この圧力で奥歯が沈んでしまって前歯しか噛み合わない状態になってしまいます。マウスピース型を装着していると歯が直接噛み合わないので、起こりやすい現象です。
対処法としては、上下にゴムかけをして力を加えることで奥歯同士を近づける・マウスピース型の奥歯部分をカットしたり装着時間を短くしたりして、奥歯が戻るのを待つといった方法が考えられます。
マウスピース型とワイヤーを併用した噛み合わせ矯正もできる
ワイヤー矯正は適応する症例の幅が広く、ほとんどの歯並びの矯正が可能です。対してマウスピース型矯正には不向きな症例があります。
そこでマウスピース型には不向きな箇所の矯正をワイヤー矯正で行い、残りをマウスピース型矯正にする場合があります。
メリットは矯正期間を短縮できることと、マウスピース型矯正単独では難しい症例にも治療が可能になることです。
まずはワイヤー矯正で大きな乱れを矯正してから、マウスピース型矯正で調節をするケースもあり、組み合わせることで両方の治療法のメリットが得られます。
注意点は、マウスピース型矯正とワイヤー矯正の両方に詳しい歯科医院を選ぶことです。
シミュレーション通りに歯が動かずにワイヤー矯正へ変更することもありますので、歯科医院を検討する際にはどちらの治療にも経験豊かな歯科医院を選ぶようにしましょう。
まとめ
噛み合わせが悪いと食べ物が噛みにくいだけではなく、むし歯や歯周病になりやすかったり頭痛や肩こりに悩まされたりなどの問題が起こります。
加えて見た目の問題で悩む人も多いでしょう。噛み合わせの治療をするなら、マウスピース型矯正という方法もあります。
透明で目立たないのが特徴で、周りの人に気付かれずに矯正することが可能です。しかしマウスピース型矯正には対応できない症例もあります。
その場合はワイヤー矯正と併用すると、治療を進めることができるかもしれません。
歯科矯正には長い治療期間と高額な治療費が必要です。後悔しないために、経験豊かで信頼できる歯科医院を選びましょう。
参考文献
- ”よく噛める”には理由があります|公益財団法人日本臨床矯正歯科医会
- 咬合、かみ合わせ|日本歯科医師会
- 第20回作業側の歯の接触と側方運動の誘導|国立大学法人東京医科歯科大学
- むし歯|日本歯科医師会
- 歯周病|日本歯科医師会
- 顎関節症外来|国立大学法人東京医科歯科大学
- マウスピース型カスタムメイド矯正歯科装置(インビザライン)|昭和大学歯科病院矯正歯科
- 叢生|厚生労働省
- 歯科矯正|東北大学病院
- 顎変形症|一般社団法人日本形成外科学会
- 矯正歯科|昭和大学歯科病院矯正歯科
- アライナー型矯正装置による治療指針 |公益社団法人日本矯正歯科学会
- 本会の矯正歯科治療に関する考え方|公益財団法人日本臨床矯正歯科医会
- vol.27 後悔しない矯正歯科へのかかり方|公益財団法人日本臨床矯正歯科医会