一般的に「噛み合わせ」と聞くと、上下の歯が接触する行為を想像する人が多いのではないでしょうか。しかし、本来噛み合わせ(咬合)とは、下顎を上顎に向かって閉じる行為を意味します。
人の歯は上顎が頭蓋骨に固定されている状態で、下顎は複数の筋肉で頭蓋骨から釣り下がって形成されています。そのため、下顎は顎関節を中心に動かすことができるのですが、歯・筋肉・顎関節・中枢神経系のどれかに問題があると噛み合わせはうまくいかなくなります。
一方、正常な噛み合わせは、歯と歯のバランスが安定している状態です。
本記事では、噛み合わせの異常やその原因および治療方法を紹介します。ご自身やお子さんに当てはまる症状があればぜひ参考にしてください。
噛み合わせ(咬合)の異常とは?
噛み合わせが悪くなると歯が接触する部分が減ってきて、接触している歯だけに比重がかかってしまいます。また、不正咬合は咀嚼や健康にも害を及ぼす可能性があります。
不正咬合の種類は9種類に分けられています。
- 叢生(そうせい):乱ぐい歯や八重歯
- 反対咬合(または下顎前突):受け口
- 過蓋咬合(かがいこうごう):前歯の咬合が深い状態
- 切端咬合:歯の先端があたる状態
- 開咬(開口):前歯の上下に隙間がある状態
- 上顎前突:出っ歯
- 空隙歯列:隙っ歯
- 交叉咬合:どこかの歯列が交叉している状態
- 顎変形症:上下の顎が極端にずれている状態
日本人に多い不正咬合は叢生・上顎前突・空隙歯列などが挙げられます。
正常な噛み合わせとは
声は、声帯が振動して音が発せられ、歯・顎・骨・唇・舌の形や機能によって発音が変化します。
特に、子音は呼気の通過を歯・舌・唇などで遮ったり狭めたりして音が出ます。そのため、噛み合わせに異常があると正しい発音ができなくなる可能性があるのです。
また、噛み合わせや歯並びは審美性に関わるため、噛み合わせに異常があるとコンプレックスに感じることもあるかもしれません。
では、正常な噛み合わせとはどのような状態を指すのでしょうか。
上の歯1本に対して下の歯2本が噛み合っている状態
正常な噛み合わせは、1歯対2歯咬合の状態をいいます。正常な歯の状態とは以下の条件に当てはまります。
- 上下の歯の中心が合っている
- 上下の歯列がきれいなアーチ形になっている
- 口を閉じると下の歯は上の歯の内側になる
- 中切歯が前後左右に2〜3ミリの重なりがあり交互に噛み合っている
- 口の開閉がスムーズにできる
- 奥歯は互いに噛み合っている
正常な歯並びは、少しずれている状態です。ぴったり合いすぎると噛むときに唇を挟んでしまいます。
日常生活に支障がなければ特に問題ない
上記の条件に当てはまるようなきれいな歯並びでなくても、日常生活に支障がなければ大きな問題ではありません。
気にならない程度の歯並びであれば、すぐに治療が必要になることはないでしょう。ただし、噛み合わせは咀嚼や発音、外観に影響を及ぼします。
また、一見関係ないように思われる姿勢にも影響が出るため、心配な方は一度歯科医師に相談してみましょう。
噛み合わせに異常が出る原因
噛み合わせが悪いと、見た目が気になるばかりか健康面にも影響があります。歯は食事を摂るのに必要なため、健康な体の維持には欠かせないものです。
また、噛み合わせが悪いと正常な機能が保てなくなり発音・呼吸・咀嚼・嚥下などの機能に悪影響を及ぼすことがわかっています。噛み合わせが悪くなる原因はさまざまです。無意識の習慣が歯並びに影響を及ぼしている可能性があります。
ここでは、噛み合わせに異常が出る原因を解説します。一つでも当てはまる項目がある場合は、自身で意識して癖を直すか歯科医師に相談してみましょう。
歯・顎関節などに問題がある場合
歯や顎関節に異常があると、噛み合わせが悪くなることがあります。成長とともに噛み合わせに異常を感じた場合は、歯の位置異常、もしくは上下の顎の位置異常が原因として考えられます。
また、口が閉じられない場合や口を開けた時に痛みを感じる場合は、顎関節症の可能性も考えられるでしょう。
歯科医院で治療した後に異常を感じた場合は、被せ物や詰め物の調整がうまくいっていない可能性があります。その場合は再度調整すれば改善するため、受診した歯科医院に相談してください。
永久歯を抜いたままになっている場合
治療で永久歯を抜いたり加齢によって永久歯を失ったりした場合、日常生活に支障がなければそのまま放置する方も少なくありません。
しかし、永久歯を抜いたままにしておくと、残っている歯が前方に傾いたり歯がずれたり、下の歯が抜けている場合は上の歯が下に降りてくることがあります。このように、抜いた箇所以外の歯に生じるずれによって、噛み合わせが悪くなる場合があるのです。
その他にも、永久歯を抜けた状態で放置すると以下のようなリスクが考えられます。
- 顎関節への負担増幅
- 咀嚼の能率低下
- 発音への支障
- 顔貌の変化
- ストレス
- 歯周病
- むし歯
永久歯を抜けたまま放置すると、噛み合わせだけでなくさまざまな機能に影響があるのです。
指しゃぶり
幼児期の指しゃぶりは、不安を感じたときや、気持ちを落ち着かせるときに行うことがあります。また、成長してもそれが習慣になり、何かに集中しているときに無意識に行動している場合もあるでしょう。
なお、指しゃぶりをしているときに無理に指を抜こうとしてもなかなか抜けないのは、それだけ歯にも強い力が加わっているということです。
そのような状態が長期間続くと、歯列弓や顎骨に影響が現れ出っ歯や開咬になるのです。
また、指を吸う行動は頬の筋肉の内側に押す力が加わるため、顎の骨に影響を与え顎が狭くなり叢生(乱ぐい歯)になる場合もあるでしょう。
なお、日本小児歯科学会では、指しゃぶりは3歳頃までは特に禁止する必要はないとしています。ただし、4歳以降も続く場合は小児科医に相談するといいでしょう。
舌や唇の癖
嚥下時や発語時に上下の前歯の間に舌先を挟む行動を舌突出癖といいます。これは、前歯が永久歯に生え変わる時期にしばしば見られる癖です。
この場合、舌圧で歯列が外に広がるので開咬やすきっ歯になる可能性があります。また、隙間にいつも舌があるので奧の歯はあたっても前歯があたることができず、このバランスの差が歯並びに影響を与えることもあるでしょう。
一方、上唇や下唇を噛む口唇癖は前歯が前方に傾斜したり噛み合わせが深くなったりして、噛み合わせが悪くなります。
なお、このような口腔習癖が影響する不正咬合には以下のようなものがあります。
- 開咬
- すきっ歯
- 出っ歯
- 反対咬合
- 過蓋咬合
このように、歯が生え変わる段階で舌突出癖や口唇癖などの悪習慣は、噛み合わせを悪くするのです。
口呼吸
無意識に口呼吸をしている大人が増えています。その原因は、噛まなくなった食生活だといわれています。食事を噛まなくなると顎や唇の筋力が低下し口呼吸をするようになるのです。
また、子どもの頃から口呼吸が癖になっていると、舌で前歯を押しながら食べ物を飲み込むようになります。このような食事の方法を毎日繰り返していると前歯がせり出し、噛み合わせが悪くなってくるのです。
なお、この舌前方突出や口呼吸は口唇閉鎖が困難になり、上顎前突や開咬などの症状を誘発するようになります。
片側のみの咀嚼
食事の時に同じ側の顎ばかりを使って咀嚼することを片噛み、もしくは偏咀嚼といいます。この癖により口周りの筋肉に左右差が生まれバランスが崩れると、噛み合わせに影響が出たり顔の形が歪んだりします。
偏咀嚼は片側にむし歯があって痛みがあり、それを避けるようにして意識的に行っている場合と、無意識のうちに癖となって行っている場合があります。
いずれにしても噛み合わせに悪影響であるため、痛みがある場合は取り除くための治療を行い、食事の時はなるべく両方の顎を使うよう意識しましょう。
噛み合わせに異常がある場合の治療方法
噛み合わせに極度の異常がある場合は、矯正治療を行う必要があります。不正咬合を治療しないでそのままにしておいた場合に考えられる問題は以下のようなものがあります。
- よく噛めない
- 歯槽膿漏や歯周病になりやすい
- 口臭の原因になる
- 顎関節に負担がかかる
このような影響を残さないためにも、不正咬合は適切に治療しましょう。
なお、乳歯が残っている年齢で歯列矯正を行う場合、歯列自体を整えるというよりは、顎の骨格的なコントロールや舌を適切な位置に置く癖をつけることで歯並びを整えることが目的になります。一方、永久歯の歯列矯正では、ワイヤー矯正またはマウスピース型矯正で歯列矯正を行うのが一般的です。
ただし、骨格性不正が大きい「顎変形症」などの場合は、一般的な矯正治療では適用できないため、外科的手法を併用した治療を行うことになります。
ワイヤー矯正
ワイヤー矯正とは、歯の表面にブラケットを装着し、そのブラケットに0.5ミリ程の細いワイヤーを通して歯列矯正を行う方法です。
ワイヤー矯正は歯を大きく動かすことが可能なため、さまざまな歯並びや噛み合わせに対応できます。また、歯の根元だけを移動させることも可能です。
ワイヤー矯正には次のようなメリットがあります。
- さまざまな噛み合わせや歯並びに適応
- 取り外しが不要
- 治療期間が短い
- 昔からの方法で症例数が多い
ただし、ワイヤー矯正にはデメリットもあります。
- 矯正装置が目立つ
- 食事に工夫がいる
- 歯磨きが難しい
- 開始直後は痛みがあることも
- 口腔内トラブルが起きやすい
- 装置が外れる場合がある
上記のメリットやデメリットを理解してワイヤー矯正治療を受けるかどうかを判断してください。なお、ワイヤー矯正には歯の裏側に装着する裏側矯正(舌側矯正)もあります。
ワイヤー矯正は、自由診療となるため費用は自費になります。費用相場は、60万〜100万円(税込)程です。
マウスピース型矯正
マウスピース型矯正は、透明なマウスピースを装着して歯列矯正を行う方法です。
マウスピースは歯の移動に合わせて1~2週間程で新しいものに交換していきます。マウスピース型矯正のメリットは以下になります。
- 矯正装置が目立ちにくい
- 自由に取り外せる
- 脱着が容易にできるため歯磨きがいつもどおりできる
- 痛みや不快感が少ない
- 金属アレルギーの方も使用できる
マウスピース型矯正のデメリットは次のようなものがあります。
- 歯の移動量の制限により適応できないことがある
- 骨格性不正咬合には不適用
- 食事の際は取り外す必要がある
- 精密な歯の移動には不向き
- 1日の装着時間が長い
- 自己管理が必要
- マウスピースのケアが必要
マウスピース型矯正装置の治療で十分な結果が得られない場合は、ワイヤー矯正を併用する場合があります。
マウスピース型矯正もワイヤー矯正同様、自由診療となり費用は自費です。費用相場は、80万〜100万円(税込)程です。
矯正治療は事前のカウンセリングや検査で治療方針が決定するので、必ず希望どおりの矯正装置を使用できるとは限らないので注意しましょう。
外科的治療
歯並びや噛み合わせの歯列矯正の場合は、ワイヤー矯正やマウスピース型矯正での治療が適応できますが、歯列矯正が骨格不正などの場合は、外科的治療を施すことになります。
外科的手法が必要な基準は、オーバージェット(上顎と下顎の前後的関係)が5ミリを超える場合です。この場合、一般の矯正治療の適応範囲を超えるため下顎を切断して後方に下げるなどの外科的矯正治療が実施されます。
外科的治療は入院が必要ですが、手術は口の中から顎の骨を切るので顔に傷跡が残ることもなく安全性の高い手術です。なお、「顎変形症」を含めた国が定める43の疾患に起因する不正咬合の矯正治療は、一部の指定病院で保険が適用されます。
まとめ
噛み合わせに異常があると、咀嚼障害や発音障害などの機能障害につながる場合があります。日常生活に支障がなければ様子を見てもいいですが、噛みにくく食事を摂るのが難しく感じたり、見た目に大きな影響があったりする場合は治療を検討してください。
噛み合わせを悪くする原因はさまざまです。歯や顎関節の異常が原因となる場合もあれば、無意識の癖が歯並びに影響を与える場合もあるでしょう。
噛み合わせを改善するためには、歯列矯正や外科的治療が必要となります。放置しているとますます悪化して治療が長期化する場合もあるため、少しでも噛み合わせで気になることがあれば、歯科医師への相談をおすすめします。
参考文献