生まれつきの骨格や生活習慣の影響で、歯並びに悩む方は少なくありません。歯並びの悩みは、コンプレックスに感じたり、日常生活に支障をきたしたりすることもあります。
そのなかでも、切端咬合(せったんこうごう)という症状をご存知でしょうか?
これは一般的に知られている出っ歯やすきっ歯とは異なり、放置すると健康に悪影響を及ぼす恐れがあります。また、見た目が毛抜きの形に似ていることから毛抜咬合とも呼ばれます。
例えば、食べ物をしっかり噛むことができなかったり、顎に過度の負担がかかり顎関節症のリスクが高まったりなどです。
そんな切端咬合の治療方法の一つとして近年、マウスピース型矯正が選択されています。
この記事では、切端咬合とはどのような症状なのか、マウスピース型矯正をはじめとしたさまざまな治療法について詳しく解説します。
切端咬合について
切端咬合とはどのような状態をいうのか、原因や放置した場合のリスクについて解説します。
切端咬合とは?
切端咬合とは、上顎と下顎の前歯の先端同士が直接噛み合う噛み合わせの異常を指します。
通常、上顎の前歯は下顎の前歯に対して少しかぶさり、きれいに噛み合う形が理想的です。
しかし、切端咬合ではこの噛み合わせが崩れ、上下の前歯が直接接触してしまっている状態です。
このように不完全な噛み合わせは見た目だけでなく、噛む力や顎の動きにも影響します。さらにこれらの問題が進行すると、顎関節症や歯の摩耗、歯周病やむし歯といったリスクにつながります。
切端咬合の原因
両親や祖父母など、血縁者に切端咬合の方がいる場合は遺伝的に切端咬合になりやすい傾向があります。
お顔の形や顎の大きさ、歯の大きさなどは遺伝的な影響を受けやすく、親から子へ受け継がれることも少なくありません。
また、乳幼児期の指しゃぶりや舌突出癖などの癖で上の前歯が前に押し出されたり、下の前歯が内側に傾斜したりして歯並びや顎の成長に悪影響を及ぼします。
さらに、乳歯が早く抜けると後続の永久歯が正しく並ばず、結果として切端咬合のリスクが高まることがあります。
これらの先天的・後天的要因が単独または複合的に作用することが、切端咬合が発症すると考えられている原因です。
上記で挙げた原因から切端咬合は子どもの頃から発症する可能性があるとわかります。
具体的には乳歯が生えそろった3〜4歳頃から発症します。乳歯はやわらかく、切端咬合により歯がすり減りやすいため、早めの治療が大切です。
切端咬合のマウスピース型矯正は可能か
近年、透明なマウスピース型の装置を用いた歯列矯正治療が、その目立ちにくさや取り外し可能な手軽さから注目を集めています。
では、このマウスピース型矯正は切端咬合の治療にも有効なのでしょうか?
結論からいうと、切端咬合のマウスピース型矯正は可能です。
近年ではマウスピース型矯正装置の技術が飛躍的に進歩しており、従来はワイヤー矯正でしか治療できなかったような症例でも、マウスピース型矯正で治療できるケースが増えています。
特に、軽度から中等度の切端咬合の場合、マウスピース型矯正で十分な治療効果が期待できます。
臨床例があり矯正は可能
マウスピース型矯正(インビザラインなど)は切端咬合の有効な治療法の一つです。切端咬合の場合、前歯の位置を調整して、上顎と下顎の噛み合わせを改善することができます。
歯列矯正歯科医師が個別に作成したマウスピースを用いて、歯を徐々に適切な位置へと移動させることで、噛み合わせを改善できます。
治療の進行に合わせて違う型のマウスピースを使用することで、より正確な歯の位置調整が可能です。
ただし、切端咬合の治療では下の歯を後ろへ引っ込めるために、親知らずを抜歯してスペースを確保するケースもあります。
歯を大きく動かす場合は困難
さまざまな歯列矯正に使用されるマウスピース型矯正ですが、適応症例には限界もあります。
重度の骨格性の問題がある場合や歯を3mm以上移動させる場合、15度以上回転させる必要がある場合には従来のワイヤー矯正の方が効果的です。
また、複雑な噛み合わせの修正が必要な場合や顎関節に問題がある場合もマウスピース型矯正だけでは十分な改善が難しいことがあります。
このような場合、歯科医師は従来のワイヤー矯正を勧めるか、場合によっては外科的治療を選択します。
さらに、初期治療としてワイヤー矯正を使用し、後期にマウスピース型に切り替えるハイブリッド治療も可能です。
切端咬合の問題点
切端咬合は口元が突出して見えたり、顎が小さく見えたりするなど、お顔の印象に影響を与えます。
そのため、自分に自信が持てなくなったり、コンプレックスになったりしている方も少なくありません。
切端咬合は単なる歯並びの問題ではなく、放置するとさまざまな健康問題を引き起こす可能性があります。そのため、早期に治療を開始することが大切です。
歯の先端に負担がかかる
切端咬合では、上顎と下顎の前歯が直接接触するため、歯の先端に負担がかかっている状態です。
この負担が長期間続くと歯が摩耗してしまうことがあり、悪化すると歯が割れてしまうこともあります。
さらに、歯の摩耗によりエナメル質が削れてしまうと、象牙質が露出して知覚過敏の発症リスクが高まります。
これらの影響は日常生活で不快感を引き起こすだけでなく、将来的に歯を失うリスクを高めるため、早期の治療が重要です。
噛む力が低下する
切端咬合の状態では、正常な噛み合わせができていないため、噛む力が十分に分散されません。
食べ物を噛むときに力が均等にかからず、前歯に負担がかかりやすくなります。これが咀嚼筋に過度な負担をかけ、筋肉の疲労や痛みにつながるのです。
さらに、切端咬合は前歯で噛み合っていることから、奥歯で効率的な咀嚼ができません。前歯と奥歯にかかる負担のバランスが悪いため、噛む力が低下します。
そのため、食事に時間がかかったり、食べづらさを感じたりすることがあります。
しかし、噛む力の低下が及ぼす影響は、単に食事の不便さだけには留まりません。切端咬合では奥歯で食べ物をすりつぶせず飲み込むことになるため、胃腸での消化吸収も低下させ、消化不良を起こしやすくなります。
また、噛むという行為は脳に刺激を与え脳の活性化を促す効果もあるため、噛む力が低下すると集中力や記憶力の低下にもつながると言われています。
顎関節症のリスクがある
切端咬合の方は、歯だけでは効率よく食べ物を噛めないため、無意識のうちに顎を前後に動かして噛もうとすることがあります。
さらに、噛み合わせの不安定さから、無意識的に歯ぎしりや食いしばりをすることも特徴的です。
この習慣的な動きが長期にわたると、顎関節の正常な機能を妨げることを加速し、顎関節症を引き起こすリスクが高まります。
顎関節症は顎の痛み、顎がカクカクと鳴る、お口を開けると痛みがあるなどの症状が特徴的です。場合によっては、顎を動かすことが困難になり、生活に大きな支障をきたすこともあります。
マウスピース型矯正のメリット
近年広まりつつあるマウスピース型矯正ですが、従来の矯正装置と比べてどのようなメリットや効果があるのでしょうか?
マウスピース型矯正の特徴について解説します。
装置が目立ちにくい
マウスピース型矯正のメリットは、装置が、透明で目立ちにくいことです。
マウスピース型矯正装置は透明または半透明のプラスチック素材で作られているため、装着していても遠目からはほとんど気付かれません。
見た目を気にせずに治療を進めることができ、特に対人関係が重要な仕事に就いている方や、人前に立つ機会がある方にとって大きなメリットとなります。
痛み・不快感が少ない
マウスピース型矯正は、ワイヤー矯正に比べて痛みや不快感が少ないとされています。
ワイヤー矯正では、定期的にワイヤーを調整する必要があり、その際に痛みを感じることがあります。
しかし、マウスピース型矯正では一度に大きな力をかけるのではなく、緩やかに歯を移動させるため痛みを感じにくい設計です。
また、金属のブラケットやワイヤーがないため、口腔内のやわらかい組織を傷つけることもほとんどありません。
食事の際にはマウスピースを外すため、食べ物が装置に詰まる不快感や、食事制限を気にする心配も不要です。
むし歯・歯周病のリスクを抑えられる
マウスピース型矯正は、取り外し可能なため、食事後に歯をしっかりと磨くことができます。このため、ワイヤー矯正に比べてむし歯や歯周病のリスクを大きく減らすことができます。
また、装置が固定されていないため、食事中に食べ物が歯列矯正装置に詰まる心配もありません。
金属アレルギーの方でも歯列矯正できる
金属アレルギーの方でも、マウスピース型矯正は問題なく治療を受けることができます。
従来の歯列矯正治療ではニッケルやクロムといった金属が使われているため、アレルギー反応のリスクがありました。
しかし、マウスピース型矯正の多くは、医療用グレードの透明なプラスチック素材で作られており金属を含まないため安心感を持って治療できます。
マウスピース型矯正のデメリット
上記ではマウスピース型矯正のメリットについて解説してきました。以下ではマウスピース型矯正の注意点について詳しく解説します。
装置の装着時間が長い
マウスピース型矯正の効果を得るためには、1日の大部分でマウスピースの装着が必要です。
一般的に、1日20〜22時間の装着が推奨されており、これは食事と歯磨きの時間以外は基本的に常時装着することを意味します。
従来のブラケット矯正は装置が固定されているため患者さんの意思で取り外すことができませんが、マウスピース型矯正は自由に取り外せるため、装着時間の管理は完全に患者さん自身に委ねられます。
推奨されている時間よりも装着時間が短いと、想定どおりに歯が動かないため、推奨装着時間を守ることが重要です。
マウスピース型矯正の成功は、患者さんのコンプライアンス(治療への協力度)が不可欠なため、自己管理が難しい方には不向きかもしれません。
対応できない症例がある
マウスピース型矯正は多くの歯列不正に対応できますが、すべての症例に適しているわけではありません。
切端咬合が重度の場合や、歯を大きく動かさなければならない場合には、マウスピース型矯正だけでは十分な効果が得られないことがあります。
この場合は、従来のワイヤー矯正や外科的治療の方が適していることもあります。
特に下顎が前に出ている骨格性Ⅲ級(反対咬合)の傾向が強い切端咬合では、外科的矯正との併用が必要な場合が少なくありません。
また、マウスピース型矯正では、歯を大きく挺出させる(歯を長く見せる)動きや圧下させる(歯を歯茎に押し込む)動きが難しいとされています。円柱形の歯(犬歯など)の大きな回転移動も困難です。
切端咬合の治療を検討する際には、必ず歯科医師による詳細な診断を受け、自分のケースがマウスピース型矯正に適しているかどうかを確認することが重要です。
マウスピース型矯正以外の切端咬合の治療法
切端咬合の治療法には、マウスピース型矯正以外にもさまざまな方法があります。従来のブラケット・ワイヤー矯正では、歯に直接ブラケットを接着し、ワイヤーを通して歯を移動させます。
あらゆる複雑な歯の動きに対応可能で、患者さんの協力度に依存する部分が少ないというメリットがありますが、審美性が低く口腔衛生管理が困難です。
また、骨格的な問題が大きい切端咬合の場合、歯列矯正治療だけでは限界があり顎の骨を外科的に切断して再配置する手術(顎矯正手術)を併用することがあります。
これは外科的矯正治療と呼ばれ、重度の骨格的不調和による切端咬合では、劇的な改善効果が期待できます。
さらに、顔貌の改善効果も期待できますが、全身麻酔下での手術を伴うため侵襲性が高く入院と回復期間が必要です。
複雑な切端咬合のケースでは、複数の治療法を組み合わせたハイブリッドアプローチが選択されることもあります。
例えば初期段階は従来のワイヤー矯正で主要な歯の移動を行い、その後の仕上げ段階でマウスピース型矯正に切り替えるという方法や、歯列矯正治療の後に一部の歯に修復治療を行うという組み合わせなどがあります。
各治療法の長所を生かしながら短所を補うことができるため、複雑なケースにはハイブリットアプローチが有効です。
切端咬合の治療法選択においては、症例の複雑さや患者さんの年齢、希望する審美性など多くの要素を考慮する必要があります。
どの治療法を選択するにしても、治療後の後戻り防止のために保定装置の使用が必要です。
まとめ
切端咬合は、放置するとさまざまな問題を引き起こす可能性があるため、早期発見・早期治療が大切です。
特に子どもの場合は、乳歯から永久歯に生え変わる12歳頃までに治療を行うと顎のバランスを整えやすいというメリットもあります。
軽度〜中等度の切端咬合の場合、マウスピース型矯正が有効な治療法です。しかし、重度の場合はワイヤー矯正や外科矯正などの治療法が検討されます。
切端咬合の改善は、単に見た目の改善だけでなく歯の健康維持や咀嚼機能の向上、顎関節への負担軽減など長期的な口腔健康に大きく貢献します。
そのためいずれの場合も、早めに歯科医師に相談し、適切な診断と治療を受けるようにしましょう。
参考文献