標準的な矯正治療は、上下の歯すべてを動かすため、治療期間が長く、費用も高くなります。その点がネックとなっている人には、気になる部分だけを治す部分矯正が推奨されますが、マウスピース型矯正のインビザラインで行えるのかが気になるところです。ここではそんなインビザラインで部分矯正をすることの可否やメリット・デメリット、適応できる歯並びの種類などを詳しく解説します。インビザラインでの部分矯正を検討中の人は参考にしてみてください。
軽度な症例ならインビザラインでの部分矯正は可能
結論からいうと、インビザラインで部分矯正することは可能です。ただし、軽度の症例に限られるため、中等度から重度の症例はワイヤー矯正など、別の治療法も視野に入れながら検討を進めていく必要があります。そこでまずはインビザラインの基本事項と、部分矯正と全体矯正の違いを確認しておきましょう。
インビザラインの概要
インビザラインとは、アメリカのアライン・テクノロジー社が開発・提供しているマウスピース型矯正で、日本では2006年から臨床で使われるようになりました。数あるマウスピース型矯正のなかでも歴史が古く、豊富に使用されている治療システムなので、歯並びの治療について信頼性は高いと言えるのではないでしょうか。
◎透明なマウスピースを使用
インビザラインでは、アライナーと呼ばれる透明なマウスピースを使って、歯並びを治します。マウスピースを1日20~22時間装着し、1~2週間ごとに交換することで出っ歯や受け口、乱ぐい歯などが改善していきます。固定式のワイヤー矯正とは異なり、患者さんが装置を自由に取り外せる点が大きな特徴です。装置が目立たず、食事や歯磨きを普段どおりに行えるという点が魅力となり、部分矯正でもインビザラインを使いたいと考える人が少なくないです。
部分矯正と全体矯正の違い
すべての歯が治療対象となるのが全体矯正です。ワイヤー矯正の場合は、すべての歯にブラケットを接着し、アーチワイヤーを固定します。インビザラインの場合は、透明な樹脂製のマウスピースを上下の歯列に装着します。全体矯正ではすべての歯を動かせるので、重症度の高い歯並びもきれいに治せることが少なくないです。また、歯並びだけではなく、上下の歯列の噛み合わせまで微調整できます。
一方、部分矯正は一部の歯が治療対象となる矯正法です。一般的には前歯部のみを動かすため、奥歯の歯並びに変化は生じません。つまり、部分矯正では噛み合わせを改善するのが難しいのです。そのため歯並びの見た目だけを部分的に改善したい人に推奨できる治療法といえます。マルチブラケット装置を用いた部分矯正では、治療対象となる歯だけにブラケットやワイヤーを固定します。インビザラインの場合は、部分矯正でも使用する装置は変わりません。全体矯正と同じ透明な樹脂製のマウスピースを歯列全体に装着します。
インビザラインで部分矯正を行うメリット
次に、インビザラインで部分矯正するメリットについて解説します。
治療期間が短い
インビザラインでは、全体矯正と部分矯正のどちらかを選ぶことができますが、後者を選択することで治療期間が短くなります。標準的な全体矯正では、歯を動かすのに1~3年程度かかるため、その期間を大幅に短縮できることは患者さんにとって大きなメリットとなります。ただし、インビザラインの部分矯正であっても、歯を動かした後の保定は必要となります。つまり、インビザラインで部分矯正する場合の治療期間は、歯を動かす動的治療と保定処置の両方を合わせたものとなるのです。この点は全体矯正と同じです。
費用を抑えられる
インビザラインで部分矯正する場合は、全体矯正よりも費用を安く抑えられます。歯列矯正というと、1,000,000円前後の費用がかかるイメージがありますが、部分矯正にすればその半額以下の費用で治療できることも珍しくないのです。特にインビザラインは、使用するマウスピースの枚数や治療範囲に応じた、さまざまな価格帯の料金プランを用意しており、費用面における選択肢が少なくない点も魅力のひとつといえるでしょう。
装置が目立ちにくい
インビザラインの特長は、矯正装置が目立ちにくい点です。インビザラインでは、透明な樹脂で作られたマウスピースを装着するため、一見すると何も着けていないように見えるのです。それは全体矯正だけでなく、部分矯正も同じです。矯正治療を受けていることを周囲に気付かれにくいことは、精神的なストレスを大きく軽減してくれます。とりわけたくさんの人と毎日接する接客業の人は、この点が決め手となってインビザラインを選択するケースが少なくないです。
自分で装置を取り外せる
インビザラインのマウスピースは、患者さん自身で取り外すことができます。具体的にはまず食事と歯磨きのときにマウスピースを取り外すことになります。矯正装置を着けていない状態でご飯を食べられることから、食事に制限がかかりません。矯正中であっても好きなものを好きなだけ食べられるのです。
歯磨きのときに装置を外せることも患者さんにとっては大きなメリットとなります。なぜならブラケットやワイヤーが固定されている環境では、清掃性が著しく低下するからです。インビザラインなら何も着けていない状態で歯磨きできるので、矯正中のむし歯・歯周病リスクをできる限り抑えられます。歯垢や歯石、食べかすなどもたまりにくいため、口臭も抑えられることでしょう。
また、インビザラインではマウスピースの装着時間を守っていれば、ここぞというときに装置を取り外せます。例えば、重要なプレゼンや面接のときにだけ、マウスピースを外すということが可能なのです。インビザラインのマウスピースは比較的薄く、歯茎を覆わない設計となっており、発音や滑舌への影響も少ないのですが、やはり人前で話す機会では、自分の力をできる限り発揮できる環境を整えたいものです。その点においてインビザラインは優れているといえます。
インビザラインで部分矯正を行うデメリット
続いては、インビザラインで部分矯正する場合のデメリットを説明します。
適応できる症例が限られている
部分矯正は、全体矯正よりも適応範囲が狭くなっています。一部の歯だけしか動かすことができないため、治療できる症例が限定されてしまうのも頷けます。上述したように、部分矯正が使えるのは軽度の症例で、中等度から重度の症例は適応が難しいです。例えば、出っ歯に関していえば、1~2本の前歯が前方に傾斜しているケースなら、インビザラインの部分矯正でも治しやすいです。前歯が歯列から大きく外れて前方に位置していたり、骨格的な問題で出っ歯になっていたりするケースは、部分矯正で治すことが難しく、全体矯正や外科矯正が必要となります。
噛み合わせは治療できない
インビザラインの部分矯正で治せるのは、部分的な歯の乱れだけです。これはあくまで見た目の問題で、噛み合わせという機能面の改善は期待できません。上下の歯列の噛み合わせを正常化させるためには、すべての歯を動かす必要があるのです。また、部分矯正を行った場合は、上下の噛み合わせが治療前よりも悪くなるリスクを伴います。
特に元々の噛み合わせが安定している場合は、部分的な矯正を加えることで、噛み合わせが不安定になりやすいです。この点はカウンセリングや治療計画の説明を受ける段階で、主治医に確認しておく必要があります。部分矯正によって歯並びがきれいになっても、噛み合わせが悪くなったら元も子もありません。また、噛み合わせが悪いということは、上下の歯に不要な力が加わることを意味するため、後戻りも起こりやすいです。
歯を削ることがある
部分矯正は、少数の歯を短期間で動かす治療法なので、原則として抜歯をすることができません。抜歯をすると、すき間を埋めるだけでも半年以上の期間を要するからです。また、歯を大きく動かす必要性が出てくることから、そもそも部分矯正を適応できなくなるのです。
部分矯正でスペースがやや足りないケースでは、歯を削ることで対処する場合があります。専門的には、ストリッピングやディスキング、IPRと呼ばれる方法で、前歯の側面を少しずつ削ることで、不足しているスペースを作り出します。歯を削る範囲はエナメル質内にとどまるので、ストリッピングした後にむし歯リスクが顕著に高まったり、歯の神経にダメージが及んだりすることはありません。
インビザラインの部分矯正で治せる歯並びの種類
次に挙げるような歯並びであれば、インビザラインの部分矯正で治せることが少なくないです。
軽度の出っ歯
上の前歯が前方に出ている歯並びで、専門的には上顎前突といいます。上の前歯はもっとも目立ちやすい歯なので、少し傾いているだけでも口元の審美性が大きく低下します。そのため上の前歯の出っ歯だけでも治したいという理由でインビザラインの部分矯正を希望する人は比較的少なくないです。ただし、インビザラインの部分矯正で対応できるのは軽度の出っ歯に限られます。中等度から重度の出っ歯は、上の前歯を大きく動かすだけでなく、周りの歯の位置まで調整しなければならないからです。
軽度のすきっ歯
歯と歯の間に不要なすき間が存在している歯並びで、専門的には空隙歯列(くうげきしれつ)と呼ばれています。その中でもうえの前歯の真んなかにすき間があるケースを正中離開(せいちゅうりかい)と呼び、口元の審美性を大きく低下させる原因にもなっています。すきっ歯も軽度であれば歯を動かす距離が短いため、インビザラインの部分矯正でも対応が可能です。
軽度の叢生
デコボコの歯並びである叢生(そうせい)は、軽度であればインビザラインの部分矯正を適応できます。別々の方向を向いている歯を正常な位置へと戻すことで、叢生の症状は改善できます。
軽度の捻転歯
歯が正常な角度より捻じれている状態を捻転(ねんてん)といいます。捻転歯は、歯の角度を変えるだけなので、インビザラインの部分矯正でも対応しやすい症例といえます。ただし、捻転歯の場合は中等度から重度の症例にはインビザラインの部分矯正で対応できません。
矯正後の後戻り
マウスピース型矯正やワイヤー矯正で歯並びの治療を行って後戻りが生じたケースにも、インビザラインの部分矯正が適応できます。インビザラインの部分矯正には、マウスピースの使用枚数が7枚程度に制限されているプランもあるため、後戻りのリカバリーに適した矯正システムといえます。しかし、矯正後の後戻りの症状が強い場合は、残念ながらインビザラインの部分矯正での対応は難しく、全体矯正での再治療を検討しなければなりません。
インビザラインの部分矯正で治せない歯並びの種類
次に挙げるような歯並びは、インビザラインの部分矯正で治すことが難しいです。
重度の叢生や出っ歯
歯並びのデコボコや前歯の突出が強く現れている症例は、全体矯正で治すのが望ましいです。
噛み合わせに問題がある歯並び
部分矯正というのは、歯並びの乱れを部分的に治すことが目的であるため、上下の歯列全体で構成される噛み合わせは改善できません。それはマウスピース型矯正のインビザラインに限ったことではなく、ワイヤー矯正での部分矯正にも共通していることです。もちろん、軽度の出っ歯や叢生をインビザラインの部分矯正で治すことは可能ですが、悪い噛み合わせが残ると、後戻りしやすくなるばかりか、より強い咀嚼障害が現れる可能性もあるため、十分な注意が必要です。
抜歯が必要な歯並び
インビザラインの部分矯正では、歯を大きく移動することができません。そのため抜歯をして歯を大きく移動することになる歯並びには、向いていないといえます。抜歯が必要な症例で無理に非抜歯を選択すると、仕上がりに大きな問題が生じることから、自分の歯並びに適した矯正の方法を選ぶことが重要といえます。
インビザラインの部分矯正にかかる費用と期間
ここでは、インビザラインで部分矯正する場合の費用と治療期間について説明します。
費用
インビザラインの部分矯正にはいくつかのプランがあります。もっとも安いのはマウスピースを7枚まで使用できるインビザライン・エクスプレスで、全国的な費用相場は200,000円前後です。マウスピースを14枚まで使えるインビザライン・ライトは400,000〜600,000円、前歯部の部分矯正に特化したインビザラインGoは350,000〜550,000円程度の費用がかかります。
期間
インビザラインの部分矯正にかかる期間は、3〜10ヵ月程度です。患者さんの歯並びや選択した矯正プランによって、治療期間は変わります。
まとめ
今回は、インビザラインで部分矯正する方法やメリット・デメリット、適応症などを解説しました。マウスピース型矯正のインビザラインには、部分矯正用のプランが複数用意されており、それぞれの症状に応じたものを選べるようになっています。インビザラインによる部分矯正なら装置が目立たい、食事や歯磨きを普段とおに行える、治療期間が短い、費用が安いなどのメリットが得られる反面、適応範囲が狭い、噛み合わせは改善できない、歯を削ることがあるなどのデメリットも伴いますので、その両方を正しく理解した上で検討することが大切です。
参考文献