歯の矯正治療は長い歴史のなかで少しずつ進歩してきており、金属製の矯正器具を用いたものから近年はマウスピースによる治療もできるようになってきています。
また、全歯列ではなく気になる一部分に対して矯正治療が行えるケースもあります。
部分矯正と呼ばれている手法ですが、下の歯のみでも行えるのか、また適応例やメリット・デメリットについて解説していきましょう。
部分矯正とは
部分矯正とは、気になる部分のみを矯正する治療方法です。以下のようなメリットがあります。
- 治療費を安く抑えられる
- 治療期間が短く済む可能性がある
- 痛みが少ない
歯の矯正と聞くと全顎を対象とした全体矯正をイメージしがちですが、現在では一部の歯のみを矯正する治療を選択することも可能になりつつあります。
全体矯正よりも治療費を安く抑えられ、治療期間を短くできる可能性があるのが特徴です。
基本的に全体矯正の場合、治療期間が2〜4年とされており、長い時間を治療にあてる必要があります。気になる一部分のみを矯正したいという人にとっては時間もお金もかかるため、部分矯正にメリットを感じるでしょう。
また、全体矯正よりも歯を移動させる量が少ないことから、痛みを感じることが少ない点もメリットです。痛みの感じ方には個人差があるため一概にはいえませんが、一般的に痛みを少なく感じる人が多いようです。
矯正そのものは、歯を支える歯槽骨に圧力を加えて動かし、動かした方の歯槽骨を吸収させることにあります。そうして歯を動かすと、もともと歯があった場所に空間ができ、そこに新たな歯槽骨が生まれます。
このような歯槽骨の特徴を活かして行う治療が矯正治療です。
全体矯正と部分矯正の違い
全体矯正との違いは、矯正する範囲です。全体矯正は全顎を対象とする矯正治療ですが、部分矯正は気になる箇所のみを対象とする矯正治療となります。
一般的には、犬歯から犬歯の計6本を矯正する治療といわれています。その他、片顎だけの治療が可能な場合もあるようです。
部分矯正ができる範囲
部分矯正の場合、以下の範囲での治療が可能とされています。
- 前歯のすきっ歯
- 前歯の部分的な歪み
- 噛み合わせに問題がない程度の乱れ
- 軽度の出っ歯
部分矯正の場合、軽度の症例に対して治療が可能である場合がほとんどです。そのため、噛み合わせそのものに支障をきたしているような場合などは部分矯正に適していないことがあります。
もちろん歯の状況は個人差もあるため、必ずしも部分矯正できないとは一概にはいえません。ご自身の歯の状況を一度歯科医院で診ていただいた方がいいでしょう。
部分矯正が下の歯のみでも可能になる適応例
部分矯正は下顎のみでも可能な場合もあるようです。軽度に飛び出た前歯や、軽度の歪みであれば適応可能な場合があります。
下の歯並びが部分的に乱れている
下の歯並びの部分的な乱れは、部分矯正にて治療が可能である場合が少なくありません。歯を一部動かすという部分矯正の目的に合った内容となるため、ワイヤーなどで少しずつ動かしながら矯正していきます。
下の歯の一部が重なっている
下の歯の部分的な重なりも、部分矯正が可能とされています。ただし、歯の大部分が重なっている場合など、重なりが大きければ部分矯正ができないこともあります。
部分矯正といえど歯を動かすことになるため、動かすスペースが作れなければ、部分的ではなく全体矯正が必要と診断されることもあるでしょう。
下の歯の部分矯正の種類・費用
下の歯における部分矯正の種類や費用について見ていきましょう。主要な治療方法として、表側矯正・裏側矯正(舌側矯正)・マウスピース型矯正があります。
表側矯正
表側矯正は歯の表面に装置を装着して矯正する治療方法です。ブラケットと呼ばれる矯正装置を歯の表面に取り付け、ワイヤーを通して矯正力を働かせ、歯を少しずつ動かします。
従来行われている矯正治療であるため歴史が深く、エビデンスが豊富である点が挙げられます。そのため、さまざまな歯科医院で行われており、適応できる症例が多いこともメリットです。
マウスピース型矯正治療では適応できなかった症例でも、表側矯正だと可能とされたケースもあるようです。歯科矯正といわれて真っ先にイメージするのが表側矯正でしょう。
表側矯正はマウスピース型矯正と違って取り外すことがないため、矯正器具を装着してからは定期的な歯科医院への健診以外にすることは少ないものの、日々の歯磨きなどをしっかり行う必要があります。
マウスピースのように取り外した後の取り付け忘れを起こすことがない点では安心でき、定められた期間にしっかり矯正力を働かせることができるといえるでしょう。
また、安価であるため矯正費用を抑えたい場合や、裏側矯正(舌側矯正)のように滑舌が悪くなることを避けつつ矯正治療したい人にとってはメリットです。反面、表側矯正は矯正装置が目立つために審美面で気になる方も少なくないようです。
現在では従来型の金属製矯正器具に加えて、目立ちにくい白や透明のセラミック製やプラスチック製の矯正器具もあります。こちらを用いれば、金属製のものよりは目立ちにくいでしょう。
その他、矯正器具が接着するため口元に数mm程度の突出感が常に生じます。慣れれば違和感は覚えにくくなりますが、人によっては気になることもあるでしょう。
また、表側矯正は食事中にも外すことができません。そのため食べかすなどが器具に付着することもあり、食後の歯磨きをしっかり行わなければ食べかすが目立つこともあるでしょう。
また、矯正期間終了後には後戻り防止のために保定装置を取り付ける保定期間が必要です。
これは裏側矯正(舌側矯正)・マウスピース型矯正にも共通しますが、後戻りを予防するためには、目安として動的治療終了時から1年は毎日20時間使用する必要があります。
翌年は毎日就寝時・次の1年は2日に1回就寝時・その次の1年は週2回就寝時使用、それ以降は永続的に週1回就寝時使用する必要があります。
保定期間もしっかり取り入れてようやく、治療が完了するのです。治療費用は300,000〜600,000円(税込)程度ですが、医療機関や歯並びの状況によっても異なります。気になる方は歯科医院で費用を確認してみましょう。
裏側矯正(舌側矯正)
裏側矯正(舌側矯正)の1番のメリットは、矯正器具が人目に付きづらい点にあります。
表側矯正は手軽な反面、どうしても矯正器具が目立ってしまいがちです。その点を考慮して目立ちにくい白や透明な矯正器具も開発されていますが、近付いて見た場合に矯正器具を取り付けていることはどうしてもわかってしまいます。
反面、裏側矯正(舌側矯正)はそのような審美面での心配は減るでしょう。また、歯の表面のエナメル質を傷つけにくい点もメリットです。
エナメル質は歯の表側にもありますが、裏側の方が厚いといわれています。その他、むし歯や歯周病のリスクも表側矯正と比べると軽減されるといわれています。歯の裏側は表側以上に唾液に触れる機会が多く、唾液による自浄作用が見込めるためです。
またエナメル質が厚いことも、むし歯や歯周病リスクを軽減させる点でメリットがあります。
その反面、裏側矯正(舌側矯正)は舌が矯正器具に当たりやすく、滑舌の悪さを気にする人も少なくありません。特に、舌を歯の裏側に付けて発音するタ行やナ行で違和感を覚えることが少なくないようです。
滑舌だけでなく、矯正器具に舌が当たり舌を傷つけてしまったり、口内炎を引き起こしてしまったりするケースもあるようです。
ただし、違和感という点では表側矯正にも口元に異物感が生じるのは否めません。どちらにしても違和感を覚えるため、慣れの問題という見方もできるかもしれません。
また、食事のしにくさも裏側矯正(舌側矯正)のデメリットでしょう。麺類などの細長い食べ物は矯正器具に引っかかりやすく、食べにくさにストレスを抱えてしまいがちです。
表側矯正でも歯磨きのしづらさはありますが、裏側矯正(舌側矯正)の場合は鏡越しに矯正器具を見ながら歯磨きすることが困難なため、より丁寧な歯磨きが求められます。
この点は、通常の歯ブラシだけでなく、歯間ブラシや、ワンタフトブラシを使って丁寧に歯磨きをするよう心がけましょう。
そして、表側矯正よりも費用が高くなりがちな点も否めません。
裏側矯正(舌側矯正)では歯に取り付ける装置が表側より小さくなるケースが多く、歯を移動させる矯正力も小さくなりがちです。そのため治療期間が長くなることもあります。
また表側矯正よりも高度な知識や技術を要することも挙げられます。そして、矯正治療終了後に保定期間が必要である点も表側矯正と同様です。
しっかり治療を完結させて初めて、矯正治療が終了できるでしょう。
費用については300,000〜600,000円(税込)程度ですが、医療機関や治療内容などによっても異なるため歯科医院に尋ねてみましょう。
マウスピース型矯正
下の歯のちょっとした箇所のみを矯正治療する際に、目立つワイヤー治療をしたくない人にはマウスピース型矯正治療が適しているでしょう。マウスピースは透明で目立ちにくく、近くで見ても一見、矯正器具をつけていることが気付かれにくいです。
ワイヤーなどの矯正器具を用いないため審美面で優れているほか、食事中や歯磨きの際に取り外すことができます。そのためワイヤーなどに食べかすが付着する心配もなく、矯正治療中にも関わらずむし歯や歯周病のリスクを低く保つことが可能です。
厚みも0.5mm程度と薄く歯列にフィットするため、裏側矯正(舌側矯正)のように舌が矯正器具に当たって発音のしづらさを覚えることも少ないようです。部分的な矯正治療であっても、マウスピースを用いる場合は歯列全体を覆うマウスピースを使用します。
ただし、歯列全体を覆うマウスピースを使用しつつも、マウスピースの枚数自体を少なくできるために費用を抑えられる点もメリットです。
全体矯正では40〜50枚程度用いて治療を行いますが、部分治療では14枚程度しか使用しません。そして1〜2週間で1枚を使用していくので、治療期間は14週〜28週程度です。
治療費用も300,000〜600,000円(税込)程度とワイヤーを用いた矯正治療とさほど変わらない金額で治療ができます。しかし、表側・裏側矯正(舌側矯正)と同じく歯並びの状況や医療機関によって変わるため、治療前に費用の確認もしておきましょう。
デメリットとして挙げられる点は、マウスピースが適応できるかどうかです。
歯の噛み合わせの問題や歯のガタつき・重度の重なりなどマウスピース型矯正治療では適応できない症例もあるため、そのような場合には従来型のワイヤー矯正が必要となるかもしれません。
ほかにも1日20時間程度は装着しなければならず、食事や歯磨きの際に取り外す手間が生じることも挙げられるでしょう。
マウスピース型矯正治療は装着しても少しの隙間が生じます。その隙間を埋めることで歯を動かしていくため、装着直後はフィット感が感じにくいこともあり、浮いていると感じてしまうこともあるようです。
ですがこれらは、慣れの問題でもあるため次第に慣れて気にならなくなる人も多いようです。
下の歯のみを部分矯正するメリット
一般的に歯科矯正は全体矯正と部分矯正の2種類があります。部分矯正のメリットは費用が安くなる・治療期間が短く済むなどがありますが、下の歯のみを部分矯正した場合でも同じようなメリットがあります。
治療期間が短くなりやすい
治療を行う歯の本数が少なければ、治療期間も短くすることができるでしょう。それは、特定の歯にのみ焦点を当てて矯正治療していくという、部分矯正本来の目的に合ったものだからです。
このメリットは全体矯正よりも部分矯正の方が治療期間を短縮できることでもいえます。
治療中の負担を抑えられる
矯正治療によって歯を動かすことは、少なからず痛みを伴います。痛みそのものは大きくなくても、その痛みと一日中(マウスピース型矯正治療の場合は食事や歯磨き以外の時間すべて)向き合うことを大変と感じる人もいるでしょう。
下の歯だけ矯正治療をする場合、歯を動かす本数が少ないため痛みを軽減することが可能です。治療時間が短く、費用も抑えられるので治療中の負担が少なくて済むでしょう。
費用が安い場合が多い
両顎ともに部分矯正する場合と比べて、下の歯のみの矯正であれば費用を安く抑えることもできるでしょう。
もちろん歯列には個人差があるため一概にはいえませんが、矯正箇所が少なければ少ない程、治療費用も安くなる傾向にあります。
下の歯のみを部分矯正するデメリット
下の歯のみを部分矯正するデメリットもいくつかあります。部分矯正のデメリットも理解したうえで、納得できなければ歯科医院を受診し、具体的に適応可能かの確認をしてみることが大切です。
一つ目のデメリットとして、部分矯正したことで前歯の一部が早期接触してしまうことがあるようです。早期接触とは、リラックスした状態で噛んだ場合に先に接触する歯がある状態のことを指します。
正常な顎関節の場合、リラックスした状態で噛むと歯全体が同時に接触します。ところが噛み合わせが悪い場合、噛んだ際に一部の歯が先に接触してしまうことがあるようです。
その場合でも人は無意識のうちに歯が先に接触するのを避ける噛み方を覚えていきますが、このような噛み方を続けていると顎に負担がかかり、顎関節の変形や顎関節症を引き起こすことにもなりかねません。
その他にも以下のデメリットがあります。
適応できないケースがある
ひどい歯のガタつき・開口や受け口など歯の構造上の問題がある場合・重度の出っ歯など、部分矯正では適応できないケースもあります。
そのようなとき、場合によっては全体矯正の方が手っ取り早く理想とする歯列矯正ができることもあるでしょう。
歯を削る可能性がある
部分矯正では、歯を動かすスペースが少ししかなく、やむをえず歯を少し削ることがあります。しかし、歯列全体を動かす全体矯正ではスペースの確保ができるため、削らずに治療ができることもあります。
天然歯に勝る歯はない、といわれることもありますが、その天然歯を削る可能性があることは考慮し、部分矯正にするか全体矯正がいいのか検討するといいでしょう。
噛み合わせの調整はできない可能性が高い
部分治療では犬歯を含めた前歯6本のみの治療しかできないことが多いため、奥歯が関わってくる噛み合わせの問題が生じている際は、噛み合わせが解決できない可能性が高いです。
このような歯列全体に関わる矯正には、部分矯正は不向きといえるでしょう。
部分矯正で下の歯のみを治療する際の注意点
部分矯正で下の歯のみを矯正する場合、メリット・デメリットをしっかり理解しておくことが大切です。
どのような治療でもよい点もあれば悪い点もあります。悪い点がよい点を下回るのであれば、部分矯正に踏み切ってみるのもいいかもしれません。
そのために、ご自身が治療後にどのような歯列を手に入れたいかのイメージを明確にしておく必要があるでしょう。
部分矯正とはいえ、歯科治療そのものが高額であることに変わりはありません。大切なお金や時間をかけて治すので、綿密に自分と向き合ったうえで治療計画を組むことをおすすめします。
まとめ
部分矯正は下の歯のみでも可能です。また費用や治療期間も安く済ませられる傾向にあります。
ですが、ご自身の症状において適応可能かどうかについては個人差があるため、歯科医院を受診し適応可否について確かめてみることをおすすめします。
また、部分矯正にはメリット・デメリット両方が存在します。デメリットもしっかり念頭に置いたうえで、それでもメリットの方が大きいと判断できたときに治療に踏み切ることが大切でしょう。
参考文献