八重歯は歯列不正であり、放置するとさまざまなリスクを伴います。そのため歯列矯正で改善するのが望ましいのですが、八重歯そのものを抜くとどうなるのか気になる方もいるでしょう。飛び出した犬歯を抜けば早く治せそうにも思えます。ここでは八重歯を抜いたことで起きる変化や抜くべき基準、八重歯を抜かずに歯列矯正する方法を解説します。
八重歯を抜くことで起きる変化
八重歯を抜いた場合に起こる変化を見た目と噛み合わせに分けて解説します。
見た目の変化
八重歯を抜いた場合に現れる見た目の変化は、「望ましい変化」と「後悔する変化」に別れます。
◎八重歯を抜くことによる望ましい変化
- 口唇の盛り上がりが目立たなくなる
- 笑ったときに唇が歯に引っかからなくなる
- ほうれい線が目立たなくなる
- Eラインが改善される
- 歯並びのコンプレックスがなくなる
◎八重歯を抜くことで後悔する変化
- ほうれい線が目立つようになる
- 頬がたるむようになる
八重歯は、前から3番目の犬歯が歯列の外側に逸脱することで生じる歯列不正で、お口周りの印象を大きく左右することがあります。
犬歯を抜くと口元がスッキリする場合もあれば、ほうれい線や頬のたるみが目立つ場合もあり、結果はケースごとに異なります。患者さんの歯並びや顔貌によっては、八重歯を抜いても見た目に変化が現れないこともあるでしょう。
噛み合わせの変化
八重歯を抜歯すると噛み合わせにも変化が見られることがあります。
◎噛み合わせの安定性が低下する
八重歯の症例では、基本的に八重歯そのものを抜くことはありません。なぜなら八重歯である犬歯は、噛み合わせにおいて重要な役割を果たしているからです。いわゆる前歯を指す中切歯や側切歯は、食べ物を噛み切る役割を果たします。食べ物を噛み砕き、すり潰すのは大臼歯の主な役割です。
そして、犬歯は糸切り歯と呼ばれているように、食事の際にもその他の歯にはない役割を果たしているのですが、もうひとつ重要な機能を担っています。これが犬歯誘導です。犬歯誘導とは、下顎が左右どちらかに平行的な移動をした際、犬歯がサポートして奥歯を守るメカニズムです。
皆さんも歯ぎしりをするような感覚で、下の歯列を左右どちらかにずらしてみてください。そのときに奥歯が浮いて、犬歯だけがあたっている状態に変化したら、犬歯誘導が正常に働いているといえます。
奥歯は垂直の力には強い一方、水平方向の力に弱いため、犬歯誘導という仕組みが発達したと考えられます。八重歯を抜いて犬歯誘導がなくなると、噛み合わせの安定性が大きく低下し、より大きなトラブルを引き起こしかねません。役割が軽い第一小臼歯や第二小臼歯を抜いた方がお口の全体の健康維持にも寄与するといえます。
◎顎関節症になりやすくなる
八重歯を抜いて噛み合わせが不安定になり、奥歯に過剰な負担がかかると顎関節症の発症リスクが上昇します。顎関節症とは、頭蓋骨と下顎骨を連結している顎関節に炎症反応や骨の変形、関節円板のズレなどが生じる病気で、日本人に多く見られます。八重歯自体を抜歯して、見た目の問題を抜本的に解決できたとしても、噛み合わせや顎関節にそれ以上の問題が生じてしまっては本末転倒です。こうしたことから八重歯の症例で、八重歯そのものを抜くことは少ないです。
八重歯を抜くべき基準
八重歯を改善するための八重歯そのものを抜くことはほとんどありませんが、患者さんの歯並びや八重歯の状態によっては抜歯をしなければなりません。具体的には、以下のような症状が認められる場合は、八重歯の抜歯を検討します。
歯並びの乱れが重度の場合
歯並びの乱れが大きく、八重歯の重症度が高い場合は、八重歯そのものを抜かなければならないかもしれません。こうした症例は非抜歯で歯列矯正できないことはもちろん、八重歯以外の歯を便宜抜歯しても、適切な効果が得られにくい可能性が高いからです。
例えば、八重歯のひとつ後ろにある第一小臼歯を抜いても、八重歯がきれいに治らなかったら、患者さんの満足度は下がりますし、審美性および機能性の回復も一定程度にとどまります。それならば八重歯を抜いて、矯正効果を高めた方が賢明でしょう。
むし歯になるリスクがある場合
八重歯の生え方が悪くて、きれいに歯磨きできないようなケースは、八重歯そのものを抜いた方がよいかもしれません。これは親知らずを抜歯する基準とも重なる点で、むし歯になるリスクが高かったり、むし歯治療をしてもすぐに再発する可能性があったりする場合は、抜いてしまった方が予後もよくなります。もちろん、ここでは歯列矯正がテーマとなっているので、数年後に八重歯の症状がなくなり、清掃性も高まることは予見できますが、それまでにむし歯になる可能性が高いのであれば、抜歯を検討することもあります。
顎の大きさと歯のサイズに不均衡がある場合
永久歯は親知らずを除くと全部で28本生えてきます。これらをきれいなU字型に並べるのが歯列矯正です。軽度の歯列不正なら、非抜歯できれいな歯列弓を作ることができますが、顎の大きさと歯のサイズに不均衡がある場合は、優れた歯科医師でも適切な結果を導くことは不可能となります。
その際の解決方法が便宜抜歯であり、小臼歯ではなく、犬歯を抜く必要性が高いと診断された場合に限り、八重歯そのものを抜くことになります。顎の大きさと歯のサイズに不均衡がある症例は、28本の歯をきれいに並べるためのスペースが絶対的に不足していることから、八重歯の抜歯を余儀なくされる場合もないわけではないのです。
発音や食事の際に問題が生じている場合
八重歯はしばしば発音や食事に悪影響をおよぼすことがあります。歯列から大きく逸脱した八重歯が発音する際、唇の動きを制限したり、食事のときに咀嚼を妨げたりするケースがあるのです。これは歯が担っている重要な機能を障害していることになるため、必要に応じて八重歯を抜かなければならないかもしれません。
八重歯を抜くことで後悔する理由
歯列矯正で八重歯を抜くことで後悔する理由を解説します。八重歯を解消する目的で八重歯そのものを抜こうと考えている方は、以下の4点について正しく理解しておく必要があります。
抜歯後の顔立ちが理想と違う
八重歯によって口元や顔立ちに悪影響がおよんでいる場合、八重歯そのものを抜いてしまえば審美的な問題を改善できるものと思いがちです。しかし実際は、八重歯の抜歯によって顔立ちが大きく変わることはほとんどありません。逆に、犬歯という特徴的な永久歯を抜くことで、噛み合わせのバランスが崩れ、口元や顔立ちの印象が悪くなる可能性も否定できません。少なくとも八重歯を抜歯することが理想的な顔立ちが手に入ることに直結はしないため、必要性が高くなければその他の適切な歯を抜いた方が賢明といえます。
健康な歯を失う
八重歯の症例では、そもそも便宜抜歯を行う必要性が低いのが一般的です。これは歯のスペース不足が軽度で、歯列を側方に拡大する、奥歯を後方へと移動する、歯の側面を少しずつ削る処置により、犬歯を適切な位置へと移動できる症例などが該当します。
こうした処置には正しい知識と技術が不可欠となるため、矯正治療の経験が浅かったり、診断能力の低かったりする歯科医師は、安易に八重歯の抜歯を提案してしまうことがあります。
その結果、歯周病やむし歯になっていない健康な天然歯を失ってしまうのです。しかも八重歯は数ある永久歯のなかでも代替が難しいことから、抜歯をして後悔する可能性も高くなります。八重歯の抜歯を考えている方は、その点も踏まえたうえで検討を進める必要があります。
奥歯やほかの歯に負担がかかる
犬歯には、犬歯誘導という特別な役割があることは上段で解説しました。この役割は、食べ物を噛み切ったり、すり潰したりすることとは異なりますが、歯列全体の健康の維持には欠かすことができません。そんな犬歯を便宜的に抜くと、奥歯やほかの歯に負担がかかり、それらの寿命を縮めてしまうかもしれません。それ以前に歯の摩耗や破折、顎関節症など、目に見えるトラブルが増えていく可能性も否定できないため、八重歯そのものを抜く場合には相応の覚悟が求められます。
ほかの方法を選びたかった
八重歯の抜歯によって、想定していなかった症状や結果が見られた場合、ほかの方法を選びたかったと後悔する患者さんも少なくありません。しかしながら抜歯というのは不可逆的な処置の代表例であり、後悔したからといってもとに戻すことはできません。抜けた歯はもとに戻せるという話を耳にしたことがあるかもしれませんが、それは外傷などで歯が脱臼した場合で、受傷から30分以内に再植するのが前提となります。
抜歯は再植することは前提としておらず、ケースによっては歯を抜きやすいようにドリルで削ることもあります。また、ほかの方法を選びたかったと後悔するのは、八重歯の抜歯から数ヶ月、あるいは数年経過して、好ましくない変化を患者さんが実感してからなので、再植という選択肢は残されていませんので、十分にご注意ください。ちなみに、八重歯の症例で、八重歯そのものを抜かずに治す方法は、皆さんが考えている以上にたくさん用意されています。
八重歯を抜かずに歯列矯正をする方法
八重歯を抜かずに歯列矯正で治す方法を解説します。ここではワイヤー矯正とマウスピース型矯正を例に挙げて詳しく解説します。
ワイヤー矯正
八重歯を歯列矯正で治す方法として一般的なのがワイヤー矯正です。歯列の表側にブラケットとワイヤーを固定する方法で、歯を3次元的に大きく動かすのが得意なことから、重症度が高い八重歯にも対応できます。スペースが大きく不足しているケースでは、ひとつ手前の第一小臼歯を抜いて、外側に飛び出している犬歯を正しい位置へと引き込みます。スペースの不足が軽度であれば、便宜抜歯は行わず、歯の側面を削るディスキングや歯列の側方拡大などで対応します。
◎ワイヤー矯正の見た目が気になる場合
標準的なワイヤー矯正は表側矯正と呼ばれ、金属製のワイヤーやブラケットが目立つことから、マウスピース型矯正を優先的に検討する方が増えています。こうしたワイヤー矯正の審美面におけるデメリットが気になる場合は、裏側矯正(舌側矯正)を選択肢のひとつとして考えてもよいでしょう。表側矯正と同等の効果が得られますし、ブラケットやワイヤーを歯列の裏側に固定するため、装置が目立ちません。
マウスピース型矯正
透明な樹脂性のマウスピースを使用するマウスピース型矯正でも八重歯を治すことは可能です。マウスピース型矯正の装置は、患者さん自身で取り外せるため、日常生活に与える影響が少ないというメリットがあります。その他、装置が目立ちにくい、歯の移動に伴う痛みが少ない、歯列矯正中のむし歯や歯周病のリスクを低く抑えられるなどのメリットを伴いますが、適応範囲がワイヤー矯正より狭いという点には注意が必要です。
八重歯は、歯のサイズに対して顎の骨が小さいことが多く、便宜抜歯を行わずに治すのが難しいケースも珍しくありません。小臼歯などを複数本抜くと、歯の移動量が大きくなることから、マウスピース型矯正では対応不可と診断されやすいのです。
近年はマウスピース型矯正の技術も進歩し、抜歯症例にも対応できることが多くなっているものの、抜歯が必要な八重歯をしっかりと治したい場合は、マウスピース型矯正ではなく、ワイヤー矯正の方がおすすめといえます。症状が軽度の八重歯であれば、マウスピース型矯正を第一に検討して見てもよいでしょう。
まとめ
八重歯の症状を改善するために、八重歯そのものを抜くとどうなるのかという疑問に答えました。八重歯は叢生の一種であり、矯正治療が必要な歯並びなのですが、八重歯そのものを抜くことは基本的にありません。犬歯にはその他の永久歯とは異なる役割があり、抜歯によるデメリットがメリットを上回ることがほとんどだからです。
犬歯の抜歯がどうしても必要になるケースは一部存在するため、その点は歯科医師と十に相談することが大切です。八重歯の症状は、八重歯そのものを抜かなくても、ワイヤー矯正やマウスピース型矯正できれいに治せることが少なくありません。
参考文献