日本人は顎の骨が小さいことから、歯をきれいに並べるためのスペースが不足しがちです。そのため歯列矯正をするにあたり、健康な天然歯を複数本抜歯することも珍しくありません。上下左右の小臼歯を合計で4本抜歯することが一般的で、たくさんの歯を失うため後悔するのでは?と心配に感じている方も少なくないようです。
ここではそんな歯列矯正で4本抜歯する理由やメリット・デメリット、抜歯に伴う注意点を詳しく解説します。歯列矯正で4本抜歯が必要と診断された方は、参考にしてみてください。
歯列矯正で抜歯が必要になる理由
はじめに、歯列矯正で便宜的な抜歯が必要になる理由を確認しておきましょう。便宜抜歯は、すべての症例で行うわけではなく、以下に挙げる理由がある場合に限り、必要と診断されます。
顎の広さと歯の大きさのバランスが悪い
歯列矯正で顎の広さと歯の大きさのバランスは極めて重要です。日本人の悪い歯並びのほとんどは、このバランスが悪いことに起因しているからです。
例えば、日本人によく見られる乱ぐい歯は、顎が狭いことで歯をきれいに並べるためのスペースが不足しています。親知らずを除く28本の永久歯を限られたスペースで並べようとすると、どうしてもデコボコになってしまうのです。
一方で、顎の広さは正常だけれど、歯のサイズが標準よりも大きいことで乱ぐい歯となる場合もあります。歯列矯正では、顎の広さと歯の大きさの両方をしっかりと見たうえで、適切な治療計画を立てなければならないのです。
親知らずが歯並びに悪影響を及ぼしている
親知らずは、歯列矯正の障害となることが少なくありません。生え方の悪い親知らずが歯並び・噛み合わせを悪くしている場合は、抜歯の必要性が高まります。
次に、顎のなかに埋まっている親知らずも歯列矯正で歯を動かす際に邪魔になるため、事前に抜歯することが一般的です。
上下の噛み合わせにズレが生じている
顎の骨にスペース不足が認められなくても、上下の噛み合わせがズレてしまっている場合は、便宜的に抜歯をしてバランスを整えることがあります。
歯列矯正の目的は、単に見た目をよくするだけではなく、噛み合わせの正常化まで含まれていることから、抜歯をしてそのバランスを整えることも大切です。
抜歯の対象となりやすい歯
歯列矯正における便宜抜歯の対象となりやすい歯について解説します。
第一小臼歯
第一小臼歯とは、前から4番目の歯です。臼歯という名前が付いているように、奥歯の一種ではあるのですが、サイズが小さく、抜歯をしたとしても咀嚼機能に与える影響はそれ程大きくはありません。
目立ちにくい位置に生えていることから、抜歯による審美的な障害も少ないです。小臼歯は、歯根の形がシンプルで1〜2本しかないため、抜歯がしやすい歯でもあります。
このような理由から歯列矯正における便宜抜歯は、小臼歯が選ばれやすいです。特に第一小臼歯は、前歯部にスペース不足が認められるケースで抜歯の対象となります。
第二小臼歯
第二小臼歯とは、前から5番目の歯です。奥歯の一種でサイズは小さいです。審美面や機能面に与える影響も少ないことから、便宜抜歯が必要な場合に選ばれるケースが少なくありません。
第二小臼歯の抜歯は、第一小臼歯のひとつ後ろに位置しているため、臼歯部のスペース不足があるようなケースでは抜歯対象となりやすいです。
歯列矯正時に4本抜歯するメリット
歯列矯正で4本抜歯した場合のメリットを解説します。これは抜歯の歯種に関わらず、一般的なケースに共通しているメリットです。
スペースが確保できる
歯列矯正で行う抜歯の目的はスペースの確保です。顎の骨が小さい、歯のサイズが大きいなどの理由でスペースが不足している場合に、歯を動かすための空間を作るために行います。 小臼歯の頭の部分は、直径が7~8mmあるため、4本抜歯すると28~32mm程度のスペースを確保できます。つまり、2~3cmの空間を歯列内に作り出せるのです。 まとまったスペースがあれば、出っ歯や乱ぐい歯、受け口などの歯列不正も治しやすくなります。親知らずを抜歯する場合もスペースが確保がしやすいです。歯列の一番奥に位置している親知らずがなくなれば、奥歯を後方に下げやすくなり、歯列全体も動かしやすくなることでしょう。
口元の改善
Eラインに不満があって、歯列矯正を希望する患者さんもいます。
Eラインとは、横顔の美しさの指標となるもので、鼻の先と顎の先を結んだラインで評価します。人種や骨格によって理想的な状態が異なり、日本人の場合は、Eラインのやや内側に口唇が位置している横顔が美しいとされています。
Eラインの美しさを追求する方は増えており、口唇の膨らみを改善することを目的として歯列矯正を検討している方も少なくないのです。
歯列矯正の検査と診断、治療計画を立案するプロセスでは、患者さんの横顔や骨格まで細かく分析して、Eラインの評価を行います。矯正治療に関する知識や経験が豊富な歯科医師であれば、歯並びや噛み合わせに加えて、Eラインの改善まで視野に入れた治療計画を立案してくれるでしょう。
その際には便宜抜歯も行われるのが一般的です。Eラインに難がある症例では、スペースの不足などによって前歯部が前方へと突出しているため、抜歯をしてから歯列全体を後方に下げる必要があります。
非抜歯の症例であったり、もともと口元に大きな問題が見られなかったりする症例では、歯列矯正で口元の外観が大きく変わることはほとんどありません。
噛み合わせの向上
噛み合わせは、1歯対2歯咬合の状態が理想とされています。1歯対2歯咬合とは、上の顎の歯1本が下の歯2本と噛み合っている状態を指し、咀嚼能率が高い状態です。
抜歯で注意しなければならないのは、歯を抜く本数です。例えば、上の歯を1本だけ抜いて歯列矯正を行うと、下の歯列との正しい噛み合わせが作りにくくなってしまいます。親知らずを除外すると、上の顎には12本、下の顎には14本の歯が存在しているからです。
同じ種類の歯を合計4本抜歯すれば、上下の歯の数がそろい、1歯対2歯咬合のような正しい噛み合わせも作りやすくなります。噛み合わせは、歯が持つ本来の機能であり、ある意味で歯並びの美しさよりも重要なものなので、4本抜歯によってそれを適切に構築しやすくなることは、患者さんにとって極めて大きなメリットといえるでしょう。
歯列矯正時に4本抜歯するデメリット
歯列矯正で4本抜歯にはデメリットも伴います。具体的には、以下に挙げる3つのデメリットに注意が必要です。
健康な歯を失う
歯列矯正の便宜抜歯では、健康な歯を失うことになります。歯は再生しませんので、一度抜くともとに戻すことはできません。
インプラント治療なら、歯の欠損部を歯根から回復させることも可能ですが、歯冠も歯根も人工物であり、天然歯とはさまざまな点で異なります。
また、治療には1本あたり40~50万円程度の費用がかかります。天然歯というのはそれくらい価値のあるものなので、健康な状態で抜歯することに抵抗を感じるでしょう。
歯を抜くことによって生じるデメリットよりも、抜歯矯正で得られるメリットの方が大きい場合に限り、便宜抜歯が提案されるため、総合的に見た場合は患者さんの利益となります。
健康な歯を失いたくないという気持ちが強い方は、非抜歯で治療する方法を模索するのもよいでしょう。
抜歯後の痛みや腫れが伴うケースがある
歯列矯正時の便宜抜歯は、一般的な抜歯よりも術後の痛みや腫れが少ないです。便宜抜歯の対象となる小臼歯は、歯と歯周組織が健康であり、歯根の形態もシンプルであるためです。 歯槽骨にしっかりと埋まった歯を人為的に抜くことに変わりはないため、抜歯後には少なからず痛みと腫れを伴います。抜歯の方法や抜歯後のケアが悪いと細菌に感染して、より深刻な症状に悩まされかねない点にも注意しましょう。
親知らずを抜く場合は、通常のケースと同様、強い痛みや腫れを伴います。
顔のバランス変化の可能性がある
顔のバランスというのは、基本的に骨格が担っています。そのため歯列矯正で4本抜歯したとしても、顔のバランスが変わることは稀なのですが、場合によっては、顔貌に多少の変化が見られます。
歯のサイズが大きすぎたり、顎骨が小さかったりする状態で、4本抜歯をすると口元の突出感などが改善することで、顔のバランスにも大きな変化が見られる可能性があります。
また、4本抜歯によって頬がこけたように変化するリスクもゼロではないため、便宜抜歯を行う場合はその点も正しく理解しておくことが重要です。
歯列矯正時に4本抜歯する場合の注意点
歯列矯正で4本抜歯する場合に注意すべきことを解説します。4本抜歯で後悔や失敗をしないためにも、以下に挙げる3つの点には注意が必要です。
抜歯する理由を治療前に理解する
歯列矯正における便宜抜歯は必ず必要になるものではありません。患者さんの歯並びや噛み合わせ、顎の骨の状態によっては抜歯をせずに治療できるケースもあります。 便宜抜歯で、歯周病やむし歯にかかっていない健康な歯が対象となることから、可能であれば避けるべきといえるでしょう。
抜歯を提案された場合は、その必要性について理解できるまで説明を受けましょう。その説明が合理的で患者さん自身が納得のいくものであれば、便宜抜歯を盛り込んだ治療計画に同意してください。
歯科医師と治療後のイメージをしっかり確認しておく
4本抜歯する歯列矯正では、非抜歯矯正よりも治療の仕上がりに違いが見られやすいです。 歯並びや噛み合わせ、顔貌が変化することもあります。その変化は望ましいものであるのが一般的ですが、患者さんの価値観や美意識によっては、悪い変化ととらえられることもあるため、事前に歯科医師と治療後のイメージをしっかり確認しておきましょう。
歯の移動や歯並びの変化を3Dシミュレーションで確認できるマウスピース型矯正は、治療後のイメージを共有しやすいですが、従来のワイヤー矯正の場合は、口頭での説明や過去の症例の画像などに頼ることになるため、歯科医師と患者さんとの間で認識の違いが生じやすい点にも注意しましょう。
セカンドオピニオンを受診してみる
歯の抜く処置は、取り返しがつきません。歯を抜いてから後悔したり、抜歯をすることで歯列矯正が失敗したりするなどのトラブルを防ぐためには、複数の歯科医師の意見を求めることが有効です。
いわゆるセカンドオピニオンは、すべての患者さんに与えられた権利であり、歯列矯正で活用している人もいるので、便宜抜歯の要否や治療後の仕上がりに不安や疑問を感じている場合は、歯科医師にも意見を求めてみましょう。
歯列矯正は数年に及ぶ治療で、費用も数十万円から百万円以上かかる大がかりなものであることから、ひとつの歯科医院のカウンセリングおよび検査・診断だけで決定するのはおすすめできません。始めから2〜3ヵ所でカウンセリングを受けることを前提としておくと、歯科医院選びで後悔する可能性が低くなります。同時に、便宜抜歯の必要性なども確認しやすくなることでしょう。
まとめ
今回は、歯列矯正で4本抜歯すると後悔するのかどうかについて解説しました。歯列矯正時の便宜抜歯には、メリットとデメリットの両方を伴うことから、100%満足できるケースは稀といえます。
特にかけがえのない天然歯を4本抜歯するとなると、デメリットも強く感じやすくなることでしょう。そんな4本抜歯では、メリットだけでなくデメリットまで正しく理解した上で治療を決断することで、歯列矯正の後悔や失敗も少なくなります。また、4本抜歯という診断が正しいかどうかを確かめる意味でも、歯列矯正の相談は複数の歯科医院で受けるのが望ましいです。
参考文献